Tuesday, November 21, 2017

フランスを巡って 46: シャルトルへ





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今日は最後の宿泊地パリを目指し、途中、シャルトルの大聖堂を訪問します。
ロワール渓谷からイル・ド・フランスの大穀倉地帯に入って行きます。
この日も快晴でした。



 

< 2. バス走行ルート >

旅行日10日目、2017年5月26日(金)、朝8時にホテルを出発し、シャルトルの町に到着したのは午前10時過ぎでした。

今回紹介する写真にはロワール渓谷のものはなく、出発後1時間を経たボース平野を抜け、シャルトルの町に入った写真です。


 

< 3.静寂に包まれたトゥールの町 >

朝8時、ホテルをツアーバスで出発した。


 

< 4. ボース平野 >

出発後1時間を経る頃には起伏の残る平野から、只々広大な平野が広がっていました。


 

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< 7. シャルトルの町 >

シャルトルの町に入って来ました。
かわいい家並みが続きます。



 
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< 9. シャルトルの中央広場に到着 >

次回に続きます。




Wednesday, November 15, 2017

何か変ですよ! 84: 何が問題か? 7



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前回、今の若者の政治意識とその背景について語りました。
しかし、その説明は不完全で、中途で終わっていました。
今回は、この補足と右翼化について考察します。


はじめに
今の若者の政治意識には無関心か右翼化が顕著です。

この無関心の理由として、私は先進国に共通している政治への不信感(無党派層)の増大を挙げました。
当然、日本は戦後、欧米と併進して来たのですから免れることは出来ません。

さらに日本に顕著な若者の人口比率の低下が、政治意識の低迷を招いていると指摘しました。
この影響の逆の証左として、団塊の世代による学生運動を例示しました。
この学生運動に懲りた政府は学校教育において生徒の目を政治から逸らすようにして来ました。
これが他の先進国に比べ政治への無関心を増長させた。

以上が、前回の要点です。

ただ、前回の説明で分かり難いのは、途中に非正規雇用の問題を入れた事かもしれません。
今の若者は他人から自身の政治意識が低いと言われてもピンと来ないでしょう。
そこで、あなた方の未来はかつてないほど悲惨であることを例示して、この状況においても今の政治に異論を唱えないのは政治意識が低いことになると知って欲しかった。

しかし、右翼化の説明を前回行っていませんでした。


 
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右翼化している実感はあるのか?
最初に日本のみならず世界が右翼化していることを確認します。

当然ですが、多くの右翼化している人々にとって自身は正常であり、偏っていないと思われているはずです。
一部の人は、これを認識しているか、確たる信念をお持ちのことだと思います。
これは左翼化も同じですが、今は世界が右翼化しています。

世界の右翼化とは、とりあえず愛国主義(自民族優先)、さらには強権(武力も含む)による排他主義の横行と言えます。
これは欧州での右翼政党の台頭、そして米国のトランプ大統領、日本の安倍首相の誕生の経緯や言動から明瞭です。
そして、この三つの現象は呼応するように起きました。
当然、右翼政党の党首とこれら首相や大統領は非常に気が合い、当然、オバマやメルケルとは合わない。

彼らの発言の「イスラム教徒を追い出そう」と「メキシコ人は強姦犯だ」が人気を博するのは社会が右翼化しているからです。
首相の国連演説での「多くの日本人が北朝鮮に拉致されたまま」と「私の討論をただ一点、北朝鮮に関して集中せざるを得ません」も同様の効果があります。
もっとも、この発言をそう理解しない人もいるはずです。

それではなぜ世界も日本も右翼化してしまったのでしょうか?


 
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なぜ世界は右翼化したのか?
この背景は複雑ですが、世界を見渡すと、ここ30年ほど大きな戦争は無いが、至るところで紛争が多発し、長期化するようになりました。
その結果、難民が増大し、これがまた対立を招いています。
これが欧米の右傾化に関わっている。

実は、このことを的確に指摘していた人物がいた。
サミュエル・P・ハンティントンは1996年の著書「文明の衝突」で、今後世界は文明間で紛争を激化させるとした。
この本は世界の右傾化の背景、つまり文明や宗教間の対立が深まる経緯をうまく説明しています。

「文明の衝突」のポイントを要約しておきます。
1.20世紀前半に、多くの国が西欧の植民地支配から脱し、これらの国は低迷や成長を経験した。

2.グローバル化によって異文明間で深い接触が起こり、拒否反応が現れた。

3.イスラムの人口増加が他の文明を凌ぎ、また若者人口も増え、社会は熱気を帯び、前述の要因も加わり自文明への自覚が深まり、1980年代より宗教復興運動がイスラム圏で起こった。

4.紛争が起きると世界の同一宗教圏から義勇兵と兵器、資金が紛争当事者に送られ紛争が拡大し長期化するようになった。これを可能にしたのもグローバル化です。

5.冷戦終了(1989年)により、イデオロギー対立は紛争の原因で無くなった。

6.アフガニスタン戦争でのソ連軍撤退(1989年)が、ムスリムの団結(義勇軍派遣など)が勝利を生むとの確信をイスラム圏に与えた。
 
7.紛争への肩入れはどの宗教圏(キリスト教、ユダヤ教など)も行っているが、イスラム圏は石油産出などで経済力をつけ、紛争への援助が潤沢になった。

8.紛争を多発させる要因として、西欧のキリスト教圏とかつての植民地のイスラム圏の怨念があり、さらに米国の度重なる軍事介入(湾岸、イラクなど)が憎しみを増大させた。

9.紛争を長引かせる要因として、イスラム圏には調停を主導出来る覇権国がないことがある。他の宗教圏ではヒンドゥー教のインド、正教会のロシア、キリスト教の一体化した欧米がその役割を担う。
 
これらが世界各地に紛争を多発させ社会経済を疲弊させ難民を増やし、その結果、欧州国内に排他的なムード(右傾化)をもたらした。



 
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さらに一歩踏み込んで
米国や日本、中国の右傾化には上記とは異なる要因も働いています。

米国は著しい経済格差が国内の分断を招いています。
経済大国になった中国は、資源確保などもあり覇権を目指し右傾化を強めることになった。
日本は、東アジアの周辺諸国の台頭と米国の軍事戦略の一環で右傾化しています。
ハンチントンはその著書で、米国は日本の中国寄りを阻止することが必要だと説いている。
日本は1世紀前から世界の最強国、英国に始まりドイツ、米国へといとも簡単に宗旨替えを行って来た。

これらが加わり、徐々に対立を煽り煽られて右傾化した世界にあって日本も右傾化を強めることになった。
そして日本の若者の一部が右傾化に強く染まっていったのです。
保守化(体制維持)するのはどちらかと言えば高齢者に多いが、愛国主義から強く排他的になるのは若者に多くなる。


 
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最後に
私はハンチントンの説を全面的に肯定しませんが、その著書の500頁に及ぶ洞察力と論理展開には驚嘆しました。

彼の説で気になることを数点挙げておきます。
一つは、「文明の衝突」が各宗教圏の対立に起因すると言う説明が弱いように思う。
その論拠は実際の戦闘集団の対立関係から推測出来るのですが、さらに社会学的、宗教心理学的、経済的な分析が欲しかった。

今一つは、論述の多くは戦争の開始と拡大に重点があり、仲裁関係の記述が少ないことです。
実際、著者が言うように終息を迎えた紛争は少ないのだが。
これは平和解決学の視点が弱く、戦争と外交の分析としては偏っているように思う。

しかし著者が唱える「文明の衝突」を回避する手段には重要なものがある。

一つ目は、米国が他国の紛争に軍事介入しない事。
二つ目は、紛争の調停をスムーズにする為に、イスラム圏の代表国を安保理の理事国などに加えることです(主要国による任期制の交代)。


 
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次回に続きます。






Tuesday, November 14, 2017

フランスを巡って 45: トゥールへ





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今日は、シャンボール城を出て、ホテルがあるトゥールまでの眺めを紹介します。
この日はキリスト昇天祭の休日で、ロワール川で憩う市民の姿が印象的でした。
撮影したのは2017年5月25日の17時から20時までと、翌朝の朝6時台です。


 

< 2.バスのルートとトゥールの地図、上が北です >
上の地図: シャンボール城からトゥールまでのバスのルート。
ほとんどロワール川沿いを走りました。

下の衛星写真: HはホテルH、Sは市庁舎、Rは夕食のレストランを示しています。
レストランはメインストリートにあり、またホテルの直ぐ隣が鉄道駅です。
さらに北側にロワール川が流れています。


 

< 3. シャンボール城付近の村 >


 
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< 5. ロワール川1 >

上と下の写真: 自然豊かな堤や河川敷に多くの車が見えます。


 
< 6. ロワール川2 >

中央の写真: 川遊びをしているようだが、何をしているかは分からない。

下の写真: 河原でくつろぐ人々とキャンピングカーが見える。
フランスの至る所で、走っているキャンピングカーや何十台も駐車しているキャンピングカーを見た。
羨ましい限りです。


 

< 7. ロワール川3 >

家族で楽しんでいるサイクリングを見ました。


 

< 8. ロワール川4 >

上と中央の写真: 河原の砂地や林で、たくさんの家族で休日を楽しんでいた。


 

< 9. トゥールに到着 >

上の写真: 右手中央が鉄道駅、左側にホテルが見える。

下の写真: 左手中央が市庁舎です。


 

< 10. 市庁舎前のメインストリート >

上の写真: メインストリートの街路樹の下に設けられたレストランのテラス席。
地図のRです。
私達はこの一角で夕食をとりました。



 

< 11. 鉄道駅1 >

翌朝、朝6時台に訪れました。



 

< 12. 鉄道駅2 >

下の写真: 1台のピアノが置いてありました。
旅の思い出に弾けたらどんなに良いだろう・・・
まったく弾けないのが残念です。


 

< 13. 鉄道駅3 >


次回に続きます。


Sunday, November 12, 2017

何か変ですよ! 83: 何が問題か? 6






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今の若者の政治離れと右傾化の一端を探ってみます。
そこには単純で普遍的な理由があったのです。
若者は好んで苦境から目をそらしているわけではない。


はじめに
先進国では軒並み、熱烈な政党支持者が減り、無党派層が増え、少数政党分立の傾向を深めた。
これは日本も同じです。

なぜこのようなことが起きたのでしょうか?
以前、私のブログでもこの問題を取り上げました。
この原因は、長引く経済と社会の低迷、例えば格差拡大や失業者の増大などに有効な手立てを打つことが出来ない政府にあった。
同時に、国民は長らく政治を牛耳る議員や官僚、また彼ら操っているエスタブリッシュメントに怒りを覚える一方で打破する手立てを持てず、諦めていた。
国民は、自分たちの希望や意思が政治に反映されないことに苛立ち、閉塞感を持っていた。

その一方、日本に限っては、長期低迷の経済にあっても国民はまだ格差拡大を深刻に捉えておらず、また社会は混乱もなく平和でした。
そして国民は概ね社会に満足している。

多くの日本人は閉塞感を抱いていないのだろうか?
私の見る所、政府を信じていると言うよりは日本社会への安心感のようなものがあるようです。
つまり、「何とかなる」と感じているのでしょう。



 

< 2. 非正規雇用比率の推移、ガベージニュースより >

このグラフから若年労働者の非正規が増加傾向にあることがわかります。


 

< 3. 男性の非正規雇用の状況 >
上のグラフはガベージニュースより、下のグラフは非正規雇用フォーラム・福岡より借用しています。

現時点では中高年層の非正規は少ないが、将来、景気の浮き沈みで多少変化するものの、中高年層にも拡大するのは間違いない。
それに応じて大半の労働者の所得は増加することなく横這いとなり、巷には低所得者が蔓延することになる。
こうならないとする根拠も政策もない。

実は女性の方が非正規率が高く、賃金も安く、状況は深刻です。



なぜこのような意識のズレが起きるのでしょうか?
今までも指摘して来ましたが、ここ20~30年の経済データーは明らかに低迷を示しています。

例えば、現実の社会を見てみましょう。
将来、労働者の数割が生涯非正規雇用になり、定期的に首を切られ、年収が0か200万円前後で一生暮らさざるを得ないとしたら将来の見通しが立つでしょうか?
これは若年労働者ほど厳しいが、今の自由放任主義経済のシステムが続くなら将来さらに深刻さを増すことになる。
そしてこのことが経済を更に低迷させることになる。

先ず、生活に不可欠な大きな生涯費用としては住居費5000万円(家賃購入共)、二人の子供の教育費3000万円、一人の医療介護費の自己負担額700万円(総額3100万円)が最低必要になり、合計8700万円でしょうか。
非正規の彼が運よく80年の生涯で、30年間毎年200万円稼げたとして、計6000万円です。
ここから税金(所得税、消費税)と社会保険料(医療・介護・年金)が徴収され、食費・衣料・水道光熱費を出費したら、収入がある時でも可処分所得は年間100万以下で計3000万円以下でしょう。
これで収入の無い時の生活費を賄い、さらに住居費と子供の教育費、医療介護費を支払うことは不可能です。

とてもじゃないが、結婚ができず住居や子供を持てず、医療介護も受けられない。
逆に結婚し、収入を合算して助け合う道もあるが、やはり生活はできないでしょう。
さらに彼らが退職の年齢になっても退職金は無く、年金は雀の涙です。
これでは結婚出来ないホームレスが1千万人を越える時代が来るかもしれない。

ここで不思議に想うのは、最も被害に合うと分かっている若年労働者が今の政治に無関心でこれを放置し、さらに右傾化に惹かれ肯定までしていることです。
さらに、不思議なのはより恩恵を受けている高齢者の方が政治に不満を持っているのです。



次のグラフから上記の理由が見えて来ます


 

< 4. 日本の若者の人口比率 >

このグラフは日本の人口に占める15~24歳の割合の推移を示しています。
この15~24歳の割合は1965年にピークを示しています。

当時の社会はこれに同期するように大きなうねりを経験しました。
1960年代半ばから反戦運動、1968年頃から東大闘争、そして日本の学生運動は1970年まで燃え盛りました。
また1960年代半ばからフォークソングがブームとなりました。
世界的な流れがあってのことですが、日本の若者は呼応したのです。

実は戦後の復興期、1947年からの3年間に806万人と言う大量の子供が生まれ、彼らが20歳になったのが1967~1969年だったのです。
彼らを団塊の世代と言い、彼らの中には「学生は世の中をよくするために身を挺して立ち上がるべきだ」との信念に共感する者が少なからずいたのです。




 

< 5. 日本の経済成長率 >

学生運動が盛り上がった1965~1970年は高度経済成長期(1954~1973年)でした。
けっして、この時代は沈滞した希望の無い時代では無かったのです。
むしろ、彼らは戦後の貧しさから抜け出す為に必死に働き、また苦悩しながら社会を変革しようとした希望多き時代だったのです。
その彼らは現在、退職し70~72歳になっています。

つまり、若年層が多い時代、彼らは政府を批判し、社会を改革しようとしたのです。
そして年をとっても、まだ社会を変えるべきだと思っている人がいるのです。



 
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一つだけ指摘するなら
結局、今の若者は平和と安逸に慣れてしまい、社会に対する若者らしい情熱を失ってしまったように見えるが、その大きな要因の一つは、単純に若年層の人口割合が学生運動華やかりし頃の半分にも落ち込んでしまったからと言えそうです。
この相関は人口統計学で指摘されています。

今の若い人に知って頂きたいことは、かつて若い世代(団塊の世代)が社会問題に立ち上がった事実です。
そして、あなた方の将来は団塊の世代の将来と比べものにならないほど劣悪なのです。

もう一つ指摘するなら、あなた方はかつての学生運動の反動で、政府(文科省)の通達により、学校で政治的なことから目を逸らすように教育されてしまつたのです。
これがさらに日本の政治文化を劣化させることになったのです。


次回に続きます。







Wednesday, November 8, 2017

フランスを巡って 44: シャンボール城




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今日はシャンボール城を紹介します。
外観だけの紹介になります。


ロワールの古城
百年戦争に勝利したシャルル7世がシノン城(今は廃墟)に宮廷を移してから約160年間、ロワール川流域はフランスの政治・文化の中心でした。
貴族たちはこぞって城を建て、華やかな宮廷絵巻を繰り広げますが、やがて歴史の舞台はパリ郊外に移って行きました。

この流域には、中世期の要塞、王家の城、ルネッサンス期の邸宅、古い田園屋敷、壮大な聖堂など、現在も無数の歴史的建造物が残っています。
フランソワ1世やシャルル7世といった王家の人々や、レオナルド・ダ・ヴィンチなどの芸術家がロワールの景観に魅了され、この地で暮らしました。
ロワール河流域の800㎞に渡る一地帯にある21の城館が2000年よりユネスコ世界遺産に登録された。
美しいシャンボール城、シュノンソー城、アンボワーズ城、シュヴェルニー城などが代表的です。


 

< 2. Map、上が北です >

上の地図: ロワール川流域の主要な城館。
訪問したはAのシュノンソー城、Bのシャンボール城です。

下の地図: シャンボール城の衛星写真。
見学は駐車場Pから川の向かいVまで徒歩で行きました。
見学は自由時間で行ったが、時間もなく入館しませんでした。


 

< 3. 駐車場から城まで >


 

< 4. 橋を渡り、ビューポイントへ >


 

< 5. 広大な森が広がっています >


 

< 6. 不思議な外観 >

この城は美しいとの評判ですが、私には屋根の上を埋め尽くす無数の煙突か尖塔が不気味に思えた。


 
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シャンボール城はロワール川流域の城館では最大です。
この敷地面積はパリ市の大きさに匹敵し、ヨーロッパ最大の森林公園で、多くの野生動物が生息しているそうです。

このロワール川流域の城館は、ジャンヌ・ダルクとレオナルド・ダ・ヴィンチと深く関わっている。

この地域の発展はシャルル7世がこの地に城を構えたのが始まりでしたが、これを可能にしたのがジャンヌ・ダルクでした。
それは、彼女が少し上流のオルレアンを開放したの機に敗戦色濃い百年戦争が形勢が逆転し、シャルル7世はフランス王の戴冠を行うことが出来たからです。

このシャンボール城を建てのはフランソワ1世ですが、彼はミラノ遠征でイタリア・ルネッサンス文化に魅入られ、フランス・ルネサンスを開花させることになりました。
そこで彼はレオナルド・ダ・ヴィンチを呼び寄せ厚遇し、ダ・ヴィンチはこの地で死んだ。
シャンボール城の螺旋階段のアイデアはレオナルド・ダ・ヴィンチのものだそうです。


次回に続きます。



Saturday, November 4, 2017

何か変ですよ! 82: 何が問題か? 5

 

< 1. 旧約の預言者イザヤ >
古くから警鐘を鳴らす人はいたのだが、ユダヤ人は聞かなかった。


前回、大半の労働者にとって悪化している経済の現状を確認した。
それはここ半世紀の日本と先進国の経済政策が生み出したものでした。
しかし、問題の核心は別にあり、さらに根が深い。





 
< 2.世界に占める日本のGDP >


はじめに
前回紹介した、三つの政治経済の潮流。
A: 1980年代からの米国主導による自由放任主義経済。
B: ここ半世紀の日本与党の企業優先の政治。
C: 2013年からのアベノミクス。

私はこの三つが今の世界と日本をさらに劣化させ行くと見ています。
劣化とは、繰り返す倒産と失業で国民の大半は所得を減らし、中央政府への信頼を無くし、追い打ちをかけて国家債務のデフォルトが起こり、遂には争乱へと進むことを意味します。
私はこのことをこれまでのブログで取り上げて来ました。

Aの問題点については、世界的に著名な経済学者クルーグマン、スティグリッツ、ジャック・アタリ、ピケティ、経済評論家ジェフ・マドリックが指摘しています。
BとCについては、国内の一部の経済学者が指摘しています。

しかし、残念ながら多勢に無勢で、社会を変革する力にはなっていない。
この少数派の警鐘は、既得権益側による圧倒的な情報量と印象操作で掻き消えてしまうのでしょうか。
または不景気と好景気が繰り返されていれば、じんわりと社会経済が衰退を深めていても、人々は一縷の望みを託し現状にすがりついてしまうのでしょうか。
しかし、一度衰退が始まると、そんなわずかな望みさえも冷酷に踏みにじって来た。
それが歴史でした。


 
< 3. かつての栄光、実は一人当たりの実力は? >


衰退に人々はどのように向き合ったのか?
かつて栄華を誇った国が衰退した例は数知れずあった。
古くは都市国家アテネ、ローマ帝国、スペイン、オスマントルコ、英国、ソ連がそうでした。
これらの国が衰退したのは、いずれも一人の権力者による失策が原因ではなかった。
むしろ起死回生を願い、末期にすら改革に立ち上がった人々がいた。
しかしその思いは既得権益層の抵抗と根付いた社会の流れにかき消されていった。
つまり、かつては繁栄をもたらした社会経済のシステムが社会に根を張り、これが逆に世界や国内の変化に対応できずに自壊していった。

衰退する運命にある文明や国は、どうあがいても再起が不可能なのかもしれない。
おそらく今のままでは米国そして追従する日本がこれに続くことになるでしょう。
両国のここ半世紀の経済データーを見ていると悲観せざるを得ない。
しかし、その一方で既に衰退した国もあれば方向転換を成し遂げた国(北欧やドイツなど)がヨーロッパ内にも存在する。

やはり、人類の英知を持ってすれば可能なのかもしれない。
もし国民や政府が真摯に警鐘に耳を傾け、痛みを伴っても方向転換を図っていれば良かったと思うターニングポイントが過去に少なからずあった。
いつの時代も、社会経済の異常や危険の芽を鋭敏に察知し、勇気をもって指摘した人は存在した。
日本が第二次世界大戦へと突き進む過程においても、その危険性を議員やジャーナリスト、言論人が命を張って訴えていた。
残念ながら、かき消されてしまったが・・・。


 
< 4. 英国の辿った道、それは・・・ >


なぜ人々は警鐘に耳を傾けないのだろうか?
今の日本で想定される幾つかの理由を挙げます。

D: 政治に期待せず無関心な人々の増加。
E: パトロンとクライアントの関係が強い政治文化、「ジバン(地盤)、カンバン(看板)、カバン(鞄)」の言葉で代表される。
F: 偏った報道や印象操作による洗脳。
G: 孤立した日本文明の弊害や歴史に根差すもの。
H: 人類に共通した心理。

いくら警鐘を鳴らす人が出ても、それを拒絶したり無視する人々が多くては話にならない。
これに怒っても事は解決には向かわない。

少しでも多くの人が、未来の危機を認識出来るかにかかっている。
私は、上記の理由が如何に重要な認識を阻害しているかをこの連載で明らかにしたい。
そして、未来の危機を回避し、子供や孫の世が平和で豊かになることを望見ます。


 
< 5. 日本のターニングポイント  >

この赤線を上下逆にするとグラフ2の山にほぼ重なるので不思議です。


次回に続きます。