Saturday, January 10, 2015

社会と情報 35: 著書「歪曲報道」から見えてくるもの



今日は、痛快な本を紹介します。
著者は主に朝日の報道を卑怯で偏狭だと批判しています。
その巧みな語り口から、保守革新の精神構造が見えてきます。


著書 : 『歪曲報道 巨大メディアの「騙しの手口」』
著者 : 高山正之。産経の社会部デスクを経て帝京大教授を務めながら、雑誌に投稿。
出版社 : PHP研究所。2006年刊。
補足 : アマゾンのカスタマーレビュー7件の平均評価4.5と高い。

はじめに
現在、朝日新聞の記事捏造問題、大手新聞を去ってフリーで活躍する記者達の増加、また保守系マスコミが扇動し多発するヘイトスピーチなどがあります。
そこで私は手当たり次第、国内(日経、読売、朝日、産経、雑誌)と海外の記者の著作を読んでいます。

中でも、この本は非常にインパクトがあります。
先ず、著者は舌鋒鋭く論旨が明確で、ぐいぐい引き込まれていきます。
いつの間にか私は保守本流の中州に立っているようでした。
かつて読んだ右翼(街宣車を出す団体の総長)の著作に比べ説得力は卓越しています。
ところが読み進むうちに、強引な解釈と間違いの多さに気づきました。

内容の特徴
内容は雑誌連載の再録ですからまとまりはありませんが、主に新聞報道の問題点を手当たり次第、大胆に切り捨てます。
主な攻撃対象は朝日、弁護士、裁判所、共産主義、労働組合、野党、人権団体、左派系文人、中国、朝鮮半島です。
産経は米国と財閥追従だと聞いていたのですが、著者は米国も嫌っているようです。
逆に、信頼しているのは自民党や軍、警察、保守系文人、台湾、ミャンマー(軍政)のようです。
批難で埋め尽くされていますので、何が好感されているのかは掴みにくい。



< 2. 著者高山正之 >

著者の論調の特徴
批難の論法は非常に単純明快で、批難すべき相手と違う証拠(信頼出来るかは不明)を取り上げて、それもって結語します。
大局的な解説はなく、多くは一つの証拠の善悪だけで論じている。
多くの証拠は真逆にあるので、それが事実なら、批難が正しいように思えてきます。

幾つかの例
*「大安売りされるPTSD」の章
ここで著者は敬愛する曾野綾子と一人の臨床心理士の言を借りて、PTSDはまやかしで、金をせびる手段だとこき下ろす。
著者の一部の指摘は正しいと思うが、これでは誤解を招き悪影響が大だろう。
ベトナムやイラクからの米国帰還兵がどれほどPTSDに苦しんでいるか。
医学書にはPTSDの生涯有病率は男性5%、女性10%と書かれている。
心の理解がこの程度なので、随所に強者への信頼と弱者(嫌う者)への蔑視が染みこんでいる。
ひょっとしたらデスクにもなった人物だから、煽りが上手いだけかもしれないが。



*「『沖縄タイムス』を除名すべきでは」の章
著者は、大江健三郎が「日本軍が住民に沖縄戦で集団自決を命令した」と書いたこと、その記事を載せた沖縄タイムスに怒り心頭で、謝罪と除名を訴えている。
こんな詐欺まがいの大江を使う「朝日」は最低だと飛び火する。
反論の証拠はここでも曾野氏の著書です。
沖縄戦も含めて日本の戦争行為を全体的に見れば、充分起こり得るだろうことはわかるはずだが。
名誉毀損で訴えられた大江・岩波書店沖縄戦裁判は、2011年に大江の主張が認められて結審した。
著者の愛国心には頭が下がるが、気にくわない結果が出れば裁判官と弁護士を馬鹿呼ばわりで、いかにも稚拙にすぎる。

*「北朝鮮と気脈の通じた『朝日』」、「人権派は被害者に謝罪せよ」の章など
著者は随所で朝鮮半島の人々を罵り、擁護する人々も同罪だと言います。
一つの例が、今の在日は勝手に日本に来た人々でいい目をしていると言う指摘です。
著者は戦後、GHQが日本政府に命令し、強制連行した在日をすべて半島に帰還したはずだと言います。

おおまかに状況を説明すると、当時、日本には在日朝鮮人だけで200万人が暮らしており、その多くは強制連行ですが、もちろん自由意志、密航もあったでしょう。
戦後、帰還事業が始まりますが、約60万人が残ります。
その理由は、積極的な事業でなかったこと、既に日本生まれの在日が多く、朝鮮半島が混乱状態であったこと、千円以上の財産を持ち帰ることが出来なかったことにあります。
1948年12月の公務員の給与は1ヶ月6370円で、さらにインフレで紙屑同様になっていった。

著者は、日本は朝鮮半島を併合し産業振興を行い、民衆を大切に扱ったのであり、植民地化し侵略したことはないと言い切る。
どうも依怙贔屓が極端過ぎるようです。

この著者だけでなく、乱造されている社会問題や歴史認識の本は、往々にして大局的な理解を求めず、一方的で受け狙いが多いようです。


偏った思考とは何か?
この本を読んで感じたことは、右派(保守)と左派(革新)の隔たりです。
著者にとって、容疑者や弱者、それを擁護し現状に文句を言い、政府を批判する人々が大悪人に映るようです。
悪を憎む姿勢には痛快さを感じるのですが、なぜか悪人が存在しない彼がひいきの国や党、歴史が存在するのです。
それは、おそらく産経で鍛えられたものだけでなく、彼の天性からきているのでしょう。

彼の意識にある最大の特徴は、混乱、未知の世界や社会、異民族への非常な恐れであり、それを脅かす勢力には敢然と戦う姿勢です。
当然の帰結として、強烈な愛国心と体制維持への執着があります。

この意識は、人類が持ち合わせている脳機能の偏り(保守脳)によるものなので、一概に悪いと切り捨てるわけにはいきません。
しかし、これでは対立の溝が深まるだけでしょう。







No comments:

Post a Comment