Wednesday, March 6, 2019

北欧3ヵ国を訪ねて 55: オスロ 14: 歴史博物館




< 1. 歴史博物館 >


今回は、歴史博物館と王宮周辺を紹介します。
それとヴィーゲラン公園を出て上記2ヵ所を巡り、次にアーケシュフース城までの行き方について紹介します。
写真は2018年6月6日、9:00~11:00の撮影です。


 
< 2. 観光ルート、上が北 >

上: 左上のヴィーゲラン公園を出て、右下のアーケシュフース城までのルートを示す。
赤線が徒歩、青線が2種類のトラム、黒矢印が歴史博物館、黒枠がアーケシュフース城です。
途中の赤線は王宮前の公園を抜けていく徒歩ルートです。

下: アーケシュフース城に行く為に、青線のトラムを下車し、黄色線のルートを歩き、城内に入った。


 
< 3. トラムのFrogner plass駅 >

上: 左に折れて行くと王宮の方に行きます。

下: 乗るトラムがヴィーゲラン公園の方からやって来ました。

オスロのトラムの乗降は一切、切符のチェックがありません。
一度、無賃乗車のチェックで捕まっていた人を見たことがありました。

路線12番のトラムを利用し、王宮近くまで行きます。
実はここまで歩かなくとも、ヴィーゲラン公園の正面ゲート前にVigelandsparken駅があり、同じ12番線が利用できました。
下車駅はRuseløkkaです。

このような目的地に行く為のバスや地下鉄、トラムのルート選択は、事前に日本でグーグルマップで調べておきました。
非常に役立ちました。
バス停の位置が、少し正確でない時もありましたが、ストリートビューで詳細に調べることで多くは解決しました。
時間はかかりますが。


 
< 4. トラムの様子 >

上: トラムのFrogner plass駅の表示。
路線図と路線の駅、時刻表が分かります。

下: これは乗ったトラムの車内です。
これは新しい車両ですが、他では古い車両にも乗りました。

一つ北欧らしいエピソードを紹介します。
私が中心街のトラムを乗っていた時のことです。

停留所でおばあさんが一人乗って来ました。
トラム内には若干空席がありました。
すると二人掛けの椅子で喋っていた二人の女性が、すくっと立ち上がりました。
そのおばあさんは、その二人掛けの椅子に座り、二人の女性は別の補助椅子を起こして座りました。

はたで見ていると、大げさな誘いや感謝などは無く、実に自然な行動でした。

彼女らは少しでも高齢者には楽に座って欲しいと思ったのでしょう。
日本でこのようなことは起きないでしょう。



 
< 5. 王宮周辺 >

上: 王宮側から今来た道を見ている。
トラムのRuseløkka駅を降りて、緩い坂道を王宮に向かって歩きます。

下: 同じ位置から王宮を見上げる。


 
< 6. 王宮 >

上: 王宮。
入りませんでした(夏季のみ、ガイドツアーで見学可)。
この建物は1848年の完成で、銅像は当時のカール・ヨハン王です。
この時期、ノルウェーはスウェーデンの支配下にあり、彼はスウェーデン王でした。

観光客と集団の学生の見学者が多かった

下: ちょうど反対方向を望む、カール・ヨハン通りがオスロ駅まで一直線に伸びている。


 
< 7. 王宮の公園 >

上: 王宮前に広がる公園を抜ける。
振り返った所。

下: 鳥がさえずり、落ち着ける所でした。

 
< 8. 歴史博物館 1 >

上: 1階、中世展示室。
木造教会模型の右奥に学生が円陣を敷いています。
この円陣の中央の床にヴァイキングの丸い木造の盾が置かれていました。
彼らはヴァイキングの歴史を学芸員から聞いていたようです。

下: ヴァイキング時代の船の風向計らしい。

この博物館は4階まであるのですが、工事中(展示の模様替え)の為か展示は少ない。
メインであるはずの中世も含めてヴァイキングの展示も少ない。
これに比べデンマークとスウェーデンの博物館の展示は豊富でした。



 
< 9. 他の展示 >

左: 1階の同じ中世展示室。
石碑がありましたが、スウェーデンで見たルーン石碑とは異なるものでした。
外形は三角形で赤色、前面には馬などの絵が刻まれ物語を描いているようでした。
これはDynnastoneと呼ばれるもので、聖書のキリスト降誕の場面を描いているらしい。
ヴァイキング時代の終わり、ノルウェーにキリスト教がもたらされた11世紀頃のものです。

右: 中国製の工芸品でしょうか。

この博物館の展示に、ノルウェーの中世以外に、古代エジプト、世界各地の民族衣装、そして北米とユーラシアの北極圏の民俗展示があります。
北極とその周辺の民俗展示は、日本のアイヌも含めて文化の共通点が見られて面白かった。

残念なことは、全体に規模が小さいことです。



 
< 10. アーケシュフース城に向かう >

上: 国立劇場前からトラムに乗ります。
奥の方に向います。
ここで路線13か19のトラムに乗り、Øvre Slottsgate駅で降ります。
途中停車駅はなし。

下: Øvre Slottsgate駅を降りた所。
これから右に折れて進みます。



 
< 11. アーケシュフース城の城壁が見えて来た >

下: 左の方に入り口の一つがある。
入口は何か所もあり、分かり難い。
城内に入るのに入場料は必要がなかったようです。
建物の中に入るには入場料がいるはずですが、オスロ・パスがあれば無料です。
私は建物中には入らず、城内敷地を巡った。
けっこう古城の雰囲気を楽しむことが出来ます。





 
< 12. いよいよ入場 >

上: 城内の地図。
非常に敷地は大きく、私が入念に見て回ったのは地図の上半分で、ノルウェー抵抗運動博物館もあります。

下側には美術館やArmed Forces Museum (Norway)があります。

ノルウェー抵抗運動博物館とArmed Forces Museum (Norway)に入りました。
この2つではノルウェーの半世紀前の苦しみと、その後の世界平和への貢献がわかります。

次回に続きます。


























Monday, March 4, 2019

平成の哀しみ1: はじめに





*1


今年で平成の年号は終わります。
これから日本はどうなるのだろうか?
その兆しは平成にあるはずです。
これから平成を振返り、探って行きます。


 
*2


平成は1989年から始まったが、何が起きていたのか?
特徴的な事件、経済、政治は・・

国内では
1. 大震災が二度起き、大きな原発事故が起きた。
2. バブル崩壊が三回あった。
3. 汚職事件で自民党、不祥事で官僚への信頼が低下した。
4. 万年野党が二回政権を担った。
5. 経済は長期停滞し日本の地位は低下し続けている。
6. 国も地方も累積赤字が増大している。
7. 右翼的な言動が熱を帯びて来た。
8. しかし平成の終わりは経済好調で終わるようだ。


海外、特に欧米について
1. ソ連が崩壊した。
2. テロとの戦いが始まった。
3. 米国の覇権、EUの団結に陰りが見え始めた。
4. 中国の経済力と影響力が増している。
5. 右翼政党が勢力を増している。
6. 移民問題と格差拡大で不満が高まっている。
7. 世界は地球温暖化防止で団結するようになった。
8. 一方で世界は国から逃げ出す巨額の金への課税に対処できない。
9. 核兵器と原発への恐れが増した。
10.セクハラ被害の告発運動が起こる。

この中の幾つかが未来を決める兆しになるでしょう。


次回は、身近な変化を拾ってみます。


Wednesday, February 27, 2019

北欧3ヵ国を訪ねて 54: オスロ 13: ヴィーゲラン公園へ行く





*1


今回は、ヴィーゲラン公園に林立する彫刻群を堪能します。
途中、オスロ市内の大きな墓地を通りました。


 
< 2.散策ルート、上が北 >
上: 黒四角のホテルから青丸の国立劇場駅まで歩き、地下鉄でBorgen駅まで行きます。
そこから茶色線のように、大きな墓地を抜けヴィーゲラン公園を通り抜けました。

ヴィーゲラン公園に行くにはトラムで行く方法もあったのですが、同じ歩くのなら墓地を見てみたいと思ったからです。


下: 赤丸Sから墓地を抜け、彫刻公園の中央を進み、正面ゲートEに出ました。

この公園は無料で24時間開いています。


 
< 3. 地下鉄駅Borgen >

2018年6月6日(水曜日)朝7:50に着いた。

上: 向かいのホームの中央に墓地への入り口が見える。
下: 私がやって来た中心部、東側を陸橋の上から見ている。
右手が墓地。



 
< 4. 墓地 1 >

上: 日本では考えられないのですが、スウェーデンも同じで墓地内をジョギングする姿を見かけました。

墓地の形態はスウェーデンとまったく同じで、森林墓地とでも言うのでしょうか。
あまり飾り気が無く、大小の差があまりない石板の墓石が区画毎に整然と並んでいます。
だからと言って、広い区画を埋めつくすようなことは無く、小さな区画ごとに高木で囲まれています。

これら北欧の墓地のありようには、北欧人に根付いている心理が現れているように思える。
そのキーワードは「森と共に生きる」と「集団の絆」かもしれません。
これは個々に統率を乱すような主張をしない、共にあることを大事にしているように思える。
これはヴァイキングの精神でしょうか。

旅行中に出来るだけ世界中の墓地を見るようにしているが、そこにはその地域の文化が現れている。
墓地には文化の保守的な面が残っており、文化の深層を見ることが出来る。



 
< 5. 墓地 2 >

上: 墓地に隣接する教会。



 
< 6. 墓地 3 >

下: 墓地中央にある斎場。


 
< 7. 墓地 4 >

上: 珍しく、大きな墓石があり花も飾られていた。

下: 左側にトイレがある。
この場所は墓地と公園の境目にあり、この道を進み左に折れると公園に入る。
この右手にはドッグラン用の芝生公園がある。

北欧もトイレが非常に少ないので事前に調べたのですが、行きたい所の野外にあるかどうかほとんどわからなかった。

私は墓地に入ると便意をもよおし、墓地を清掃している人に聞いたら、教会横にあると教えてくれた。
しかし行ってみると、時間的にまだ開いていなかった。
墓地を抜けた辺りで別の人に聞くと、この写真のトイレを教えてくれた。
このトイレはカード式で、クレジットカード決済で扉を開けます。
中は広く、清潔でした。


 
< 8. ヴィーゲラン公園 1 >

上: 中央の石柱がモノリッテン
高さ14の花崗岩に121の人物像が浮き彫りにされている。

中央: モノリッテンのあるモノリスの丘の頂上から北西端にある生命の輪を望む。

下: 同じ場所から南東方向、正面ゲートがを望む。
今からこの方向へ進む、遠くに大聖堂の尖塔が見える。


この公園にはヴィーゲランの後半生に創作した212点の彫刻、人物像としては650体が配されている。
もっとも彼は粘土で原型を作り、弟子たちが鋳造や石像彫刻を行い、これだけの作品が20年間の間に生まれた。
彼の彫刻以外は置かれていない。



 
< 9. ヴィーゲラン公園 2 >

上: 噴水の後方にモノリスの丘が見える。
左側の6人の男性が円盤を掲げているのが中心部の噴水ですが、今日は水が出ていませんでした。
周囲の彫像群は、樹木と人間が一体になっています。



 

< 10. ヴィーゲラン公園 3 >

上: 市民がそれぞれ公園を楽しんでいました。

下: 彼の作品で最も有名な「怒りんぼう」
これは橋の欄干にある58点の内の一つです。


 

< 11. ヴィーゲラン公園 3 >

上: 橋の彫刻。

中央: 橋の全景。
朝早いせいか、公園内の観光客は中国系の一組だけで、後は市民がそれぞれに楽しんでいました。
この公園を出る9時頃になると、珍しくインドからの観光の一団が正門から入って来ました。

下: 正面ゲート。

彼の作品は、圧倒的に普通の人物像、それも老若男女問わず、幼児までいる。
それらは頭髪や筋肉の表現が割愛され、衣服をまとわず、多くは豊満か肥満気味です。

一番多いのは家族や恋人との生活の中での一瞬の喜怒哀楽を表現しているようです。
それも単体では無く、人との関わりを体を接触させた群像として表現しています。

この手の彫刻は始めて見たような気がします。
人と人が関りながら生きている、こんな率直な生命賛歌の表現が今までにあっただろうか。


次回に続きます。




Saturday, February 23, 2019

北欧3ヵ国を訪ねて 53: オスロ 12: 国立美術館からカール・ヨハン通り


 
*1

今回は、ムンクの絵がある国立美術館から最も賑やかなオスロの中心街を歩きます。


 
< 2. 散策ルート、上が北 >

赤丸がメトロの国立劇場駅、黄色矢印が国立美術館、ピンク矢印がオスロ大聖堂、白矢印がオスロ中央駅です。

最初、白線に沿って美術館に行き、次いでピンク線に沿って大聖堂の前まで歩き、それからカール・ヨハン通りに出て、中央駅まで歩いた。
中央駅の前を左に折れ、ショッピング街を目指した。
写真は撮影順に並んでいます。


 
< 3. 通り >

上: 交差点から東側に伸びるカール・ヨハン通りを望む。
下: 同じ交差点からメトロ駅を振り返る。


 
< 4. 美術館 >

この二つの建物は向かい合って建っている。

上: 歴史博物館。
翌日、訪れます。

下: 国立美術館。
大きくはないが、ウオータフロント再開発でこの美術館は移転します。
閉館時間の関係で、この日はこの美術館だけの入館になりました。



 
< 5. ムンクの部屋 1 >

ノルウェーの画家で最もよく知られたムンクの絵が、ここにはあります。
別の場所にもムンク美術館はあるのですが、この国立美術館にはムンクの部屋があり、彼の主要な作品が展示されている。

当然、この国立美術館にはノルウェーの美術や西欧美術(モネ、グレコ、ゴッホなど)も展示されている。
デンマークの美術館と比べると小さく、規模や展示数は見劣りする。

上: 『ハンス・イェーゲルの肖像』1889年。
下: 「叫び」1893年。
もっとも有名な彼の絵で、連作の内の一つです。



 
< 6. ムンクの部屋 2 >

上: 「マドンナ」1894-1895.
写真に撮れていないのですが、「生命の踊り」1899-1900がありました。
この絵は彼の悩める女性関係を夕陽が沈む海をバックにダンスする男女の群像で象徴しています。
「マドンナ」と時期が重なるこの絵の人物の表情からは悩ましい悲愴な恋慕の思いが伝わってきます。

下: 「橋の上の少女たち」1901.

ムンクの絵がこの部屋に30枚近くあったと思います。
おそらく彼の生涯を語るにふさわしい絵が揃っていたように思います。


 
< 7. ノルウェー画家 1 >

上: ムンクの風景画。
下: View from Åsgårdstrand, by Hans Heyerdahl, 1887.
オスロフィヨルドの中部の海岸が描かれている。


 

< 8. ノルウェー画家 2 >

上: Leiv Eriksson oppdager Amerikaby Christian Krohg, 1893.
この絵はヴァイキングの偉業を説明する時によく使われます。
この絵はノルウェー人のエリクソンが1000年頃、初めてアメリカ大陸に到達した航海を描いています。

下:  "Winter Night in the Mountains", by Harald Sohlberg,1914. 
この絵が私には目立ちました。

オスロを巡り、美術館を見て感じた事の一つは、世紀末を象徴するアールヌーボー作品に出くわさなかったことです。
ムンクは、ちょうどアールヌーボーの時代、世紀末に活躍したのですが、精神性を重視する方向に向かった。
オスロではアールヌーボーの花や植物などを使った新しい装飾様式が建築物を彩ることがなかったようです。
このことはおそらく、この地が当時、経済的に繁栄しておらず、また西欧と深く結びついていなかったことの証のように思える。
当時、スウェーデンの支配下にあり、特に西欧商人の居留地でもなかったからでしょうか。
私はほんの一部しか見ていないので自信は無いが。

もう一つは、美術館のノルウェー絵画を見て、北欧の特色や個性のようなものを感じられなかった。
私のような素人目には西欧絵画と変わらないように思える。
北欧美術が西欧文化圏と一体だとしら、少し寂しい気がする。
最も後に紹介する彫刻家ヴィーゲランは別格だと思うが。



 
< 9. 大聖堂 >

上: オスロの中心部を歩いていて、中世を感じさせる建物はこれぐらいではないでしょうか。
1697年に創建され、幾度も修復されて来た。
中には入っていません。

下: 大聖堂の向かいにある広場の花屋。


 
< 10. カール・ヨハン通り >

下: 左のレンガ造りの建物はCafé Cathedralです。

やはりかなりの賑わいです。
私が写真を撮りながらふらふらと歩いていると、後ろから追い抜いていく男性と肩がぶつかりました。
この二人の男性は振り返るやいなや、「すいません」と日本語で謝りました。
私は驚き、笑顔で答えるだけでした。


 
< 11. 中央駅前 >

上: カール・ヨハン通りを進むとちょうど中央駅前に出ます。

下: 中央駅の前で左に折れると、多くの高層ビルが見える。
そこは多くのショッピングモール、レストラン、ホテルが入っている。


 
< 12. Jernbanetorgeの交差点 >

この交差点の周りが最も賑やかで、巨大なショッピングセンターが幾つもあります。
私はその内のオスロ・シティに入りましたが、様々な最新の店舗が多くの人で賑わっていました。

またこの交差点には多方面に向かうバスやトラムの通過点、停留所が数多くあります。
ここからトラムに乗ってホテルに戻り、初日のオスロ観光を終えました。

この6月5日は、地下鉄に乗り湖Songnsvannのに行き、バスでビィグドイ地区に入りノルウェー民族博物館、ヴァイキング博物館、フラム号博物館、ノルウェー海洋博物館を歩いて巡り、渡船でオスロ湾ミニクルーズを楽しみ、ノーベル平和センター、オスロ市庁舎を見学後、路線バスでMalmøyaUlvøyaの島を巡り、戻って来てオペラ・ハウスから中央駅まで歩き、次いで地下鉄で移動し、国立美術館、大聖堂、カール・ヨハン通り、ショッピングセンターのオスロ・シティを歩いて巡りました。

朝、8時前にホテルを出て、ホテルに着いたのは午後7時半頃でした。
この日は昼食も夕食もとる暇がなく、14ヵ所以上見て、計画を何とかこなし、疲れでベッドに入りました。
次の日は半日オスロ観光すれば、フェリーでコペンハーゲンに向かいます。

事前にオスロの素晴らしを知っていればもっと宿泊数を増やしていたのですが、悔やまれる。


次回に続きます。




Wednesday, February 20, 2019

北欧3ヵ国を訪ねて 52: オスロ 11: オペラハウスから中央駅へ





*1


島巡りのバスを降りて、オペラハウスからオスロ中央駅へ歩きました。
斬新で活気溢れるウオータフロントの再開発が進んでいました。
ノルウェーの勢いを感じました。







 
< 2.散策ルート、HPから借用 >

上: 南側を望む、数年前の写真らしい。

下: 再開発中のウオータフロント全体の完成図らしい、西側を望む。
再開発はこの写真の範囲内の海岸沿い全てが対象で、集合住宅、商業施設、美術館などの文化施設が集積される。

赤線は島を巡ったバスのルート、ピンク線は今回紹介するバスを降りて散策したルート。
アルファベットのOはオペラハウス、Sは中央駅、Aはアーケシュフース城、Fはコペンハーゲン行きのフェリー乗り場、Rはオスロ市庁舎。


 
< 3.バスを降りて >


 
< 4. オペラハウスの横 1 >

下: オペラハウスの海側横を歩く。
デカい!


 
< 5. オペラハウスの横 2 >

下: 海側を見るとガラスのオブジェ、その向こうにフェリーが見える。
左側に見えるのがDFDSフェリーで、翌日コペンハーゲンに向かって乗ることになります。

 
< 6. オペラハウスの横 3 >

上: 不思議な建築だ!

下: 実は、このオペラハウスの屋根にあたる巨大な斜面は市民の憩いの場、日光浴する場所になるようです。

私は奇をてらった建築が嫌いなのですが、この斜面の効用には驚きました。
実に眺めの良い、周囲から視線を感じない、オープンな二次元空間なのです。


 
< 7. オペラハウスの横 4 >

上: 海に浮かぶ派手な鳥型のゴムボート。
近づいてみると、何にかのTVインタビューをしていました。

下: 私もここで少し寝てくつろぎましたが、6月5日、15:45だと言うのに暑かった。



 
< 8. オペラハウスの横 5 >



 
< 9. オスロ中央駅1 >

上: 白い建物が駅舎で右側にホームが並びます。
こちらから見た駅舎の外観は古そうですが、反対側に増築されており、少し複雑で、現代的な面も持ち合わせています。

下: 古い方の駅舎内のフードコート。


 
< 10. オスロ中央駅2 >

下: FLYTOGETの表記は空港に行く高速列車のことで、自動券売機があります。


 
< 11. オスロ中央駅3 >

上: ホームを見ている。
ここには19本の列車ホームがあり、ここから国内、隣国スウェーデン、オスロ空港に行くことが出来る。
前日の真夜中、私はここを通りました。

この中央駅の周辺には、上記の列車以外に地下鉄、トラム、バスの駅が集まっている。
地下鉄駅は少し離れている。
トラムとバスは、Jernbanetorgetのように同じ名前の停留場が異なる通りなどに幾つもあるので、行先とバス番号の確認が必要です。

そうは言っても、ストックホルム中央駅と他の交通機関の乗り換えほど分かり難いことはない。

下: 次の観光地に向かう為に地下鉄駅に向かう。


次回に続きます。