Wednesday, March 7, 2018

デマ、偏見、盲点 29: 暮らしのカラクリ 3: カラクリを支える日本文化


*1


今まで日本の劣化、経済、軍事、政治について語って来ました。
読まれた方は、これらの劣化に共通する文化があることに気付かれたはずです。
今日は、中でも極め付きの「自己責任」と「忖度」について考えます。




はじめに

今、流行りの「忖度」は体制批判、腐敗の象徴を示す言葉として急浮上しました(安倍政権になって)。
一方、「自己責任」はかつて個人の身勝手を攻撃する言葉として喝采を浴びました(小泉政権時のイラク人質事件で)。

不思議なことに、体制側の人々は「忖度」に対して、国民の中には「自己責任」に対して、嫌悪感やこじつけを感じている。

この二つの言葉自体は古くから使われており、日本の文化に深く根を下ろしたものです。
逆に言えば、一方だけを無しには出来ない。

言葉のおさらいをしておきます。

忖度: デジタル大辞泉より
他人の心をおしはかること。また、おしはかって相手に配慮すること。
例として「作家の意図を忖度する」「得意先の意向を忖度して取り計らう」など

自己責任: デジタル大辞泉より
自分の行動の責任は自分にあること。自己の過失についてのみ責任を負うこと。
例として「投資は自己責任で行うのが原則だ」など

皆さんは、この二つの言葉を素直に受け取り、むしろ日本の美徳だと感じるはずです。
1982年、大ベストセラーとなった鈴木健二著「気くばりのすすめ」はよく「忖度」の一面を現しており、多くの方が共感されたはずです。

それでは人々はなぜ嫌悪感を示すのでしょうか。
また何が日本社会の劣化を招いているのでしょうか。



 
*2


* 「忖度」の不思議

「忖度」自体はあらゆる日本社会(村、企業、国会、官庁)で日常的に行われています。

人々は忖度しないことも可能ですが、多くは組織、特に上司から疎まれ、最悪落ちこぼれか身勝手の烙印を押されることになるでしょう。
逆に言えば、出世する人にとって「忖度」は必携なのです。

それでは今回、首相周辺に対して「忖度」を指摘すると、彼らはなぜ躍起になって否定したのでしょうか?
それは首相周辺が首相の望む方向に不正な判断(行政手続き)によって行政を私物化(不当な便宜供与)していたことを否定する為でした。

日本の行政では、既に「忖度」による便宜供与が蔓延しています(最近の急速な悪化は目立つが)。
しかしこれを取り締まる術(例えば北欧発祥のオブズマン制度や米国で発達した内部告発制度など)が未発達な為、摘発や抑制が困難なのです。
そこで、証拠を残さず適正に処理をしたと言明さえすれば事なきを得るので、後は動機としての「忖度」を否定さえすれば済むと考えたのです。
馬鹿にした論理なのですが、これが日本ではまかり通るのです。

「忖度」が蔓延る理由があります。
トップが事細かく指示しなくても、部下たちがトップの意向を汲み取り、仕事をこなして行き、組織が一丸となって進んで行くメリットがあります。
またこんなメリットもあります。
上司が部下に危ない仕事を忖度させて行わさせ、それがトラブルになった時、当然、上司は責任を部下に押し付けることが出来る(上司は楽で安全)。
これは企業や官庁ではよくあることで自殺者が出ることもある(ドラマのネタ)。

これが欧米に理解出来ない理由は文化の違いもあるが、「忖度」にはデメリットがあるからです。
本来、仕事は上司の指示かマニュアルに基づくものです(自主性を重視するものもある)。
「忖度」が問題なのは部下に迅速で的確な仕事を期待出来ないからです(日本では欠点にならない)。



 

*3

* 「自己責任」の不思議

「自己責任」は世界に通じる概念ですが、実は日本特有のニュアンスがあります。

極端に言うと、「神が私に責任を問う」と「皆が私に責任を問う」、これがキリスト教圏と日本での「自己責任」の違いなのです。

日本では、誰も見ていなければ(バレなければ)、本人は責任をあまり感じないのですが、集団内でトラブルが発生すると、その責任を個人に負わせる傾向が強いのです。
この日本特有の心理は微妙なのですが、多くの人は上記の指摘に思い当たることがあるはずです。

本来、「自己責任」は法に触れない限り、自分で責任を取ればよく、他から強制されものではない。
しかし、多くは「この問題は、企業や政府に一切の責任はなく、あなた個人が責任を負うべきである」と組織や社会から追及されることになるのです。
この追及は、必ずしも組織のトップや上司とは限らず、周辺の仲間からも行われることになる。

日本ではこのようにして社会から過大な追及や抑圧がかかるのです。
これが自殺を増やしている背景にもなっているはずです。



 
*4

* 「自己責任」と「忖度」の根にあるもの

皆さんは、既に気づかれたかもしれませんが、この二つは日本の村社会の文化に根付いたものなのです。(村社会の定義について、注釈1)。

社会心理学ではこれを「帰属意識が高い」と言い、アジア人は欧米人よりも強いことが分かっています(おそらく稲作文化起源)。
この村社会の文化は強い組織を生むのですが、逆に現代社会の発展を妨げるのです。
目立つ問題点としては独裁指向、個人軽視(人権無視)、排他的、現状維持、ダブルスタンダードなどでしょう。
まったく今の政権を言い表しているようです。


「忖度」には、子分がトップの強い支配を受け入れ、従うことで安泰を図る目的があります。
このようなことが起きる社会、多くの後進国や発展途上国では政治経済が未成熟なままです。

日本では、この傾向が未だに残っており、外側に脅威を感じ、社会に失望感が広まると強権的な人物がトップに担がれ、村社会的状況が一気に大きく頭を持ち上げることになる。
日本はアジアの中でも最古層の家族形態(長子相続)が遺存しているので、より強く反応するのです。

「忖度」の弊害を放置すると社会は劣化を深めますので、先ずは不正な便宜供与を取り締まる法整備が不可欠です。


「自己責任」は、個人よりも組織を優先する中で、組織の意向に沿わない者を村八分にするようなものです。
また社会や組織で問題が発生した時、個人が責任を取ることにより組織の安泰を計ろうします。
これはやくざ社会や武士社会によくあるパターンで、この滅私奉公が刑務所帰りや残した家族の安泰に繋がると言うわけです(大企業では今もある)。
これは国政や企業のトップに取っては非常に都合の良い文化なのです。

しかし、これらが個人の権利意識や社会意識を低くしてしまっているのです。
その現われの一つが、「賃金が安いのは本人の問題」「賃金を上げると経済は失速する」「消費増税と企業減税は必要」などの発言に、国民は自らの責任と受け止め、安易に納得し協力してしまうのです。

「自己責任」の弊害に即効性のある対策はありません。
これは国民の気付きしか無いように思われます。
これには教育が重要ですが、今の政府は逆行しているので絶望的です。

どうか皆さんに、日本の文化の悪い側面が今の政治や社会の劣化を助けていることに気付いて欲しい。


終わります。



注釈1

村社会の特徴: Wikipediaから抜粋

部族長による支配、ボスと子分の上下関係が厳然と存在する。

以下のような問題点があり、外部とのトラブルの原因となっている。

*少数派や多様性の存在自体を認めない。
*世間一般のルールやマナーは守らず、他者にも強要。
*寄らば大樹の陰。横並び。
*排他主義に基く仲間意識が存在する。
*自分逹が理解できない『他所者』の存在を許さない。
*同郷者に対しては「自分達と同じで当たり前」という意識を抱いており、自我の存在を認めない。
*白か黒か、善か悪かといった二極論を好み、中立や曖昧な考えを嫌う。これが「異端者は自分たちを見下している/敵意を抱いている/自分より劣る存在である」といった思い込みを生み、一度こじれた場合の収拾がつかなくなってしまうことが多い。
*弱いと規定したものに対しては、陰湿且つ徹底的に圧迫を加える。構成員は陰口を好む。
*プライベートやプライバシーといった概念が無い。
*事なかれ主義が多い。
*噂話に対しては、真実かどうかを追求するより、噂を既成事実にしようとする。












Monday, March 5, 2018

何か変ですよ! 93: 怒れ、立ち上がれ公僕よ!

 *1


今、私は怒りと悲しみで胸が一杯です。
独善的な首相の振る舞い、それに加担する官僚、そして傍観する国民!
実に日本らしい光景ではあるが、末恐ろしい。


 
*2

* 何に憤慨すべきか

今、首相周辺で起きていることを、多くの国民は些末なこととして傍観している。

目に付くもので、森友学園、加計学園、レイプ事件もみ消しとスパコン詐欺、働き改革の資料隠蔽とデーター不正などが続出している。

これらを政権転覆を狙う反日勢力が騒ぎ立てるゴシップに過ぎないと言う人々がいる。
損失額は些細であり、レイプ被害は一人に過ぎないと言う。
残念なことに、この指摘を支持する人々や御用新聞の勢力は大きい。

一方で国会で追及する側は苦戦が続く。
彼らは明白な証拠を突き付けることが出来ない。
問題点は無数にあるが状況証拠で留まっている。
これをもって「事実に基づかない事」で騒ぐなと嘲笑されもしている。

そうだろうか?
国会を見ていると、関係書類は破棄か隠蔽、出て来てもほとんど黒塗りの書類、そして証人喚問に応ぜず、証言者の多くは記憶にないと言う。
これで事実を明らかにすることなど不可能だ!
かつて、ここまで酷い国会があったろうか?(戦前を除いて)

また、こうも言われている、国会で審議せず司法に委ねるべきだと。
しかし、これには問題がある。
レイプ事件もみ消しに見られるように、既に官僚(司法や警察)が首相に忖度しているとしたら・・・

この一連の問題を司法で決着出来るとは思えない。
なぜならこの問題は贈収賄事件でなく、首相に群がり追従するだけで、多額の補助金、昇進、免責が得られる腐れ縁(パトロネージ、注釈1)が根源だからです。
まるで、アフリカで起きている勝ち誇った部族長と取り巻きの関係です。
当然、忖度が蔓延り、証拠を残さず適正に処置したとすれば裁くことは難しい。

つまり、法が未整備であり、放置すれば政治の腐敗が進行する今回のような場合、国会で取り上げるしか術はない。
現在、審議時間が減らされ、報道の自由度が低下(偏向報道)しているが、まだ国会で追及出来るだけ救いが残っている。

決然と野党は国会で追及すべきだ。


 
*3

* 誰に怒りと悲しみをぶつければ良いのか

国会での首相や閣僚を見ていると馬耳東風、蛙の面に水でしょうか、打つ手はない。
ネット上の支持者や御用新聞、御用学者に常識が通じるとは思えない。

実は、最近不思議に思うことがある。
民主党政権時代、あれほど官僚は政権中枢にサボタージュ出来たのに、この5年間に驚くほど従順になってしまったことか。

以前から官僚は傲慢で、多くの無能な大臣を陰であざ笑って来た。
彼らは法律を作り、国会答弁の大臣に完璧な答弁を教え、裏で政治を操り、やがて天下りで天寿を全うするものと思っていた。
それこそ気骨のある者は「面従腹背」だったろう。

しかし、今はすべての官僚が、首相に首根っこを掴まれているように見える。
いくら人事権を握られたからとって、官僚のプライドや矜持がかくも簡単に無くなるものか?

各部署は首相の意を忖度し、命に従い法律を急ごしらえし、お粗末が露見すれば部署のせいにされる。
これでは馬鹿な私でも怒り心頭だ!

一番悔しく思うのは、栄達を望む高級官僚ならいざ知らず、中央官庁で働く大勢の国家公務員(公僕)です。

このまま進めば、国は腐敗の度を極め社会経済は劣化し、仲間であるはずの公僕が同じ労働者を苦しめることになる。
公僕が傍観することは、悪政に手を貸すことに事に他ならない。

 
*4

* 公僕にお願い

中央官庁に働く国民の仲間よ、世襲の政治屋や高級官僚を恐れず、真実を内部告発、リークして欲しい。

これだけ腐臭漂う国政であれば、いくらでもネタがあるはずです。
国家百年の計を思い、真実を社会に伝えて欲しい。
既にリークは始まっているのだが、このままでは逃げ切られ、再生のチャンスを完全に失うかもしれない。


 
< 5. 公害問題 >

ここで思い出すことがある。
1960年代、日本の至るところで痛ましい公害問題が発生した。

この時の裁判の経緯を見て、当時絶望感に苛まれたものでした。
被害者が苦しみを訴えても、加害者側企業は勝ち誇るばかりでした。
これは、被害者が公害の因果関係を立証しなければならなかったからです。

さらに残念なことに、企業内部から誰一人として内部告発をする者がなかった。
米国では身の危険を冒してでも内部告発する者が出た(喫煙の害の隠蔽)。

10年の長き戦いを経てやっと公害対策法が作られ、被害者は少し報われるようになった。
これを可能にしたのは、市井で身を捨てて訴え続けた少数の人々とマスコミの徹底した被害者側に立った報道でした(政財界に媚びたマスコミではない)。
この後、日本の優れた公害防止技術は体制擁護派の予想に反して輸出にも貢献した。


今、勢力は弱まりつつあるが権力に媚びない新聞がまだ数社残っている。
どうか内部告発やリークをこれら新聞社に行って欲しい。
日本での内部告発は困難を伴うので、くれぐれも御身と家族の安寧を確保しながら行ってください。
一人でも多くのリークを期待しています。

今、膿を出しておかないと取返しのつかないことになる。

この国政の腐敗は今に始まったことではない。
たまたま今の首相は驕りが嵩じて、露骨な状況を招いたに過ぎない。


終わります。



注釈1

パトロネージの意味、世界大百科事典より
この言葉は,もともと教会または寺領の僧職の欠員候補の推薦権を意味したが,転じて,親族,友人,政治的支持者などに官職任用の優先権を与えたり,彼らに契約,選挙権,栄誉などを賦与したりすることを意味するようになった。

分かり易く言い換えれば、縁故主義、やくざの親分子分の関係、選挙の三バン(地盤、看板、鞄)でしょうか。






Sunday, March 4, 2018

デマ、偏見、盲点 28: 暮らしのカラクリ 2: 賃上げは国を滅ぼす・・





*1


今日は、労働者の賃金を上げると、国の経済力が落ちてしまうと言う妄言を検討します。


はじめに

日本の皆さんは生真面目ですから、政府や偉い御用学者らに「賃金を上げると、企業の競争力が低下し、国はやがて衰退する」と言われ続けていると、賃上げに後ろめたさを感じるようになってしまった(笑い)。

これが真実かどうか、検討してみましょう。

A: 国民の賃金低下は経済に好影響を与える。

B: 賃金上昇は企業の競争力を低下させる。

この二つがポイントです。





* 賃金低下は経済に好影響を与える

賃金を低下させると企業は出費を減らせ、投資を増やし、競争力が増して輸出が増え、国の経済は上昇するとされている。

実は、この間違いを長々と証明する必要がないのです。
なぜなら日本は1990年代から賃金低下に伴って、経済は低下の一途なのですから。
そうは言っても、間違いのポイントは重要なので解き明かします。


 

< 2. 日本のGDPの内訳 >

国内総生産(GDP)と言う指標があります。
これは国内で1年間にどれだけの付加価値(生産額)が生まれたかと言うものです。
日本の場合はこの内、個人消費額の割合が60%ほどありますが、一方で輸出額は11%ぐらいに過ぎません。

もし国民の賃金を20%低下させたら本当に経済は上向くのでしょうか?

それでは簡単にメカニズムを追います。
賃金が下がると、国民は消費を減らし、単純にGDPは12%(=GDPx60%x20%)低下します。
労働者は貯金を下ろすか、借金をして生活レベルを守ろうとするので、実際にはここまで下がらない(注釈1)。
しかし現在、日増しに貯蓄率は減り、貯蓄の無い若い層が増え、エンゲル係数も上昇している。


一方、企業は製造コストの50%を占める人件費が減るので、10%(=GDPx50%x20%)の利益アップか商品価格の値下げが可能です。

問題はこれでGDPが幾ら上昇するかですが、実はほとんど期待出来ないのです。

例えば価格を下げ無い場合、同じ売り上げ額で企業の利益はおそらく3倍になるでしょう(製造業の平均利益率4%)。
もし全額、設備投資に回せば生産性もGDPも上昇するのですが、既に企業は国内への投資を増やさなくなっています。
つまり企業の剰余金が増え、その資金は海外や証券投資に向かうだけでGDPは増えません。


 
< 3. 円安と輸出額の関係 >


もし商品を値下げし売り上げ額を増やせばGDPが増加するのですが、この影響は大きくはない。

例えば図3の赤枠を見てください。
2012年から2015年で円安は33%(1ドル80円から120円)進んだが、この間の輸出のGDPに占める増加は約3%に過ぎなかった(注釈2)。

つまり、賃金低下は輸出を増やす効果よりも、GDPを減らす効果の方が圧倒的に大きいのです。
また賃金低下はデフレを加速させる。


* 賃金上昇は企業の競争力を低下させる。

結論から言えば、条件付きですが賃金上昇は国際競争力を低下させない。

実例があります、デンマークやスウェーデンは貿易依存度が60%あっても賃金は世界最高水準なのです(日本は25%)。
当然、両国の経常収支は黒字です(つまり競争力があり輸出が多い)。


確かに、個々の企業は販売価格を下げることで競争力が高まるので賃下げの誘惑にかられやすい。
しかし民主的な国であれば賃金低下で競争力を高めようとはしません。
なぜなら聡明な国民は反対し、政府は従うからです。

ここで重要なポイントは、国の経済力に応じて為替が自動調整されることです(変動相場制)。
歴史的に産業が発展した国(輸出が多い)の為替は高くなります。
この理由は、貿易で黒字(経常黒字)になることで自国通貨が高くなるからです。

一方、国が通貨安を画策する場合(為替介入)がありますが、これは貿易相手国が皆望んでいることであり、まず抜け駆けを許してくれません。
通貨が通常より大きく安くなるとすれば、それは身勝手な超大国のごり押しか、裏取引(密約による協調介入)、または投機筋の思惑でしょう(実需の為替取引額の10倍以上が思惑?で売買されている)。

つまり、賃金を下げ競争力を得て、輸出増になっても貿易黒字になれば円高になって競争力はまた低下するのです。
一時、これで企業家は楽して利益を得るのですが、結局、悪循環になるだけです。
この間、苦労するのは国民、労働者だけなのです。


* まとめ

結局、単純に考えても賃上げの方が経済や大多数の国民には正しい道なのです。
前回見たかつての「夜明け社会」がそうでした。
今は狂っているのです。

しかし多くの方はまだ納得しないでしょう。
現状で、賃上げして経済は持つのかと疑念を持たれるはずです。

実は、ここでも北欧に成功事例があるのです。
高水準の賃金でもやって行ける理由があるのです。
ポイントはやはり競争力です。
それは賃金カットではなく、競争力のある企業や産業、技術、人材を育てることしかないのです(いずれ紹介します)。
この仕組みは、一朝一夕に出来るものではありません。


おそらく日本の現状では、北欧のように国民と産業界が協調し政治と経済を動かす風土を作るには1世紀かかるかもしれません。

しかし、これしか道はないでしょう。
少なくとも米国の来た道(夕暮れ社会)を進むのは賢明ではない。


次回に続きます。


注釈1


 
< . 家計貯蓄率の減少 >

貯蓄額を可処分所得で割った比率はついにマイナスになった、つまり各家庭は貯蓄を引き出して生活をし出した。



注釈2
この説明では、33%の円安は33%の商品価格の低下とみなしています。
ドルで買う顧客にとっては33%の値引きになったが、数%としか売り上げは増えなかったと言いたいのです(企業利益は格段に増加)。
確かに為替変動(価格変動)に伴って輸出額は変化しますが、グラフの2002年~2007年の変化からわかるように海外の景気動向の方が影響は大きいのです。

実は、円安は輸出を増やすメリットだけではない。



 
< . 円安倒産 >

目立たないのですが、輸入業者は急激な円安で倒産の嵐に晒されたのです。
当然、輸入に依存している消費財も値上がりし、家計を苦しめることになります。

もう一つ忘れてはならないことは、為替変動は予測が困難で頻繁に振れることです。
つまり企業家も庶民も、円安や円高に甘い期待は出来ないのです。









Saturday, March 3, 2018

デマ、偏見、盲点 27: 暮らしのカラクリ 1: 少ない稼ぎは・・







*1


これから日本の政治経済の劣化した局面を一つ一つ切り取って見て行きます。
巷にある誤解を分かり易く解説します。
今回は、裁量労働制などの労働条件の劣化を取り上げます。



 
*2


* はじめに

長屋の二人が稼ぎで口論していました。

熊吉 
「 稼ぎは自分の腕次第さ! 少ない稼ぎを親方のケチのせいにするな! 」

金太郎
「 働きによって稼ぎに違いはあるだろうが、一人の頑張りだけではどうにもならないものがある。 」

熊吉
「 そんなものがあるものか? それは逃げ口上だ、たかり根性だ! 」


みなさんはどちらが正しいと思いますか?
この理解が正しくならないと、日本は益々劣化していくことになります。

熊吉さんは自己責任を重んじる、如何にも良き日本人です。
一方の金太郎さんは、それと異なるようです。



 
*3


* 皆さんの給料は何によって決まるのでしょうか?

給料が決まるメカニズムを簡単に説明します。

単純な二つの社会を想定します。
普通の経済状況で、失業率は数%、複数の企業が労働者を雇っている二つの社会を想定します。

一つは企業に自由な首切りを認める「夕暮れ社会」、他方は絶対首切りを認めない「夜明け社会」とします。

この二つの社会の企業家と労働者はどのような行動をとるでしょうか?
その結果、この社会の給与水準に違いが生じるでしょうか?

この違いが分かれば、今の政治に何が欠けており、何が必要かが分かることになります。


 
*4


* どのようなメカニズムが働いているのか?

首切りが自由であれば、労働者は経営者の言いなりになります。

経営者は給与を上げてくれ、残業代が欲しいと訴える労働者の首を切ることになる。
これは替わりの労働者が幾らでもいることで可能になります(失業率は零にならない)。
企業はコスト競争をしていますので、一社が始めればついには社会全体にこれが蔓延します。
さらに賃下げが始まり、遂にデフレが定着します。
これが「夕暮れ社会」です。

もう一方の社会では、労働者は組合を作り、賃上を要求するようになります。
経営者はストをされても首切りが出来ないので賃上げせざるを得なくなります。
企業は賃上げ分を商品価格になかなか転嫁出来ず、企業利益は低下します。
ついには商品価格が上昇し始め、インフレが定着するようになります。
これが「夜明け社会」です。

こうしてみると稼ぎは、熊吉さんの言う自己責任で決まると言うより社会的にその水準が決まることがわかるはずです。
(注釈1で補足説明します)



* 「夜明け社会」は存在した

現実の日本経済は、「夜明け社会」と「夕暮れ社会」の間にあり、ここ40年ほどの間に益々、完全な「夕暮れ社会」に近づいています。

実は、欧米と日本も1940代から1970年代は「夜明け社会」だった。
これは概ね、経済学者のケインズが理論づけし、ルーズベルト大統領が実施したことから始まった。
この時期、経済成長と賃金上昇が続き、格差は縮小し、インフレが起きていました。
戦後は、今想えばまさに黄金期だったのです。

しかし、やがてスタグフレーション(インフレと不景気の同時進行)が起きました。
ここで、それまで賃金に利益を食い潰されて来た企業家は逆襲に出たのです。
それが1980年代に始まる、規制緩和とマネタリズムの嵐なのです。

こうして賃金の低下が始まった。
けっして難しい話ではないのですが、真実が隠されてしまったのです。
それは多くの経済学者、エコノミスト、マスコミが日々の糧を得るために体制擁護になってしまったからです。
(巨大な富が集中し、それが彼らに幾らか還元される)


* まとめ

結論は、給与水準はほとんど社会的に決まると言えます。

そしてこれは企業家と労働者のパワーバランスに左右され、また政府がどちらの立場に立つかで決まります(悪い規制緩和)。
他の要素もあるが、これが重大で、特に日本が酷い(注釈2)。
具体的には、首切りが自由な非正規雇用や残業代カットが容易な裁量労働制などです。
労働条件の劣化は、ここ30年ほどの現実のデーターがこれを裏付けています。

まだ信じることが出来ない方は、次の疑問にどう答えますか?

「ある移民が後進国から先進国で働くようになると大きく給料が上昇するのはなぜですか?」

これを個人の能力で説明することは出来ない(注釈2)。



次回に続きます。



注釈1
現実の経済では、首切りや賃金カットの容易さは複雑で、簡単に推し量れないものがあります。
そうは言っても、既に述べた基本的な理屈は明らかで、歴史が証明しています。

「夕暮れ社会」は正に今の自由放任主義経済の日本で進行中で、その悪弊の最たるものは非正規雇用の増加、賃金低下、デフレなどです。

しかし「夜明け社会」にも問題がありました。
それは生産性を上回る賃上げが、悪いインフレ(スタグフレーション)を招き、労働組合がその力に胡坐をかいてしまったことです。
これを暴走と言えるかもしれませんが、現在も別の暴走が加速しているのです。


注釈2
賃金水準は、国の経済力、個々の産業の競争力、そして組合の影響力(労働者の権利擁護の体制)で概ね決まると言えます。
どれか一つでも弱いと、賃金水準は低下します。


注釈3
例えば、同じベトナム人がスゥエーデンとベトナムで同じ仕事をした場合、大幅な給与差が生じます。
これは首切りのし易さと言うよりは、組合などの力により職種毎に給料が定まっていることが大きい(移民を差別している場合はこうならないが、スゥエーデンは同一労働同一賃金適用)。
どちらにしても社会が給与水準を決定しているのです。







Friday, March 2, 2018

平成イソップ物語 17: 乗り合わせた泥船





*1



昔々、あるところに狸と狐が暮らしていました。
ある日、二匹は泥船に乗って湖の沖に向かいました。



 
*2

 
*3

 
*4


湖の中央に来ると、釣りを始めました。


狸 「 狐さん! 魚と一緒にたくさんの水を船に入れると泥が溶け出すよ! 」

狐 「 あんたは魚がいらないのかい? 」

狸 「 船が沈みそうだから、もういらないよ。 」

狐 「 この船は外側を天日干ししているから大丈夫だ! 」

狸 「 だから心配なんだよ(内側が柔らかいので)。 」

狐 「 おまえはいつも文句ばかりじゃないか! 船が嫌なら降りろよ! 」

狸 「 それは・・・ 」


しばらくすると、船底に小さなひびが入りました。


狐 「 おまえが乗っているから船が壊れるだよ! 」

狸 「 だから言ったじゃないか・・・ 」

狐と狸 「 あーあー 」

ついに船は真っ二つ割れ、二匹は溺れてしまいました。



おわり。