Saturday, September 16, 2017

何か変ですよ 71: 日本の問題、世界の問題 7: 人はなぜ気が付かないのか?






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これまで、世界を覆っている混迷と波乱の予兆を経済問題を中心に見て来ました。
今回は、なぜ国民がこの濁流に流され続けても平気なのかを考察します。


第一章 はじめに
身近な人に、「世の中はどうですか?」と聞けば、多くは怪訝な顔をし、せいぜい「景気は良くならないですね」と答えるぐらいでしょう。
また「将来、不安ですよね」と聞くと、「そうですね」と答えるぐらいです。

さらに「このままでは行けないですよね」と投げかえると、ほとんどの人は逆に「日本ほど素晴らしい国はない」と答え、暗に政策転換を否定することになる。




< 2. 主要国の失業率の推移 >

灰色枠は米国の景気後退期(バブル崩壊)を示し、これでせっかく の金融緩和で稼いだ失業率低下を毎回帳消しにしている。
このグラフでは分からないが、この繰り返される大幅な金融緩和で 累積債務(将来世代への借金)は各国で史上最大になった。





< 3. 日本の相対貧困率 >

簡単に言えば、所得格差の拡大が未来を担う子供を窮地に追い込ん でいる。




< 4. 主要国の貧困率 >

ここで重要な事は、日本が米国の政策に追従している内に、貧困率 は先進国でもトップに近づきあることです。
さらに日本に特徴的なことは、片親家庭(おそらく母子家庭)の貧 困率が群を抜いていることです。
これは男女の賃金差と福祉政策の拙さに起因している。


日本と米国だけでなく他の先進国も押しなべて、失業率の乱高下、高まる貧困化率、繰り返す金融危機、巨大化する累積債務など、経済の悪化が続き、鬱積した不満と苛立ちは移民排斥や人種差別、右翼化などに結び付き、社会はきな臭くなっている。

多くの国民は、この悪化状況が今後、改善されると期待しているのだろうか?
この状況は一時的なもので、米国流の政策を真似ていれば解決すると思っているのだろうか?
それとも、先のことは考えたくないだけなのか?

今まで述べて来たように、現状の悪化は高々1980代から始まった先進国の政策「自由放任主義によるグローバル化」が引き起こしたものです。
そうであるならば、この政策を反転させない限り、世界はさらに混迷を深めることになる。

国民はなぜこのことに違和感を持たないのかを考察します。


第二章 疑念を抱かない不思議
昔では考えられなかった事だが、私達の子供世代(30代)の大半は非正規で働いてる。
このことを同世代の親に問うても、すべての答えは「残念です」ぐらいで、せいぜい言葉が添えられても「息子、娘が不運だった」または「息子、娘が至らなくて」ぐらいです。

これには日本人の奥ゆかしさが出ているとも言えるが、自己責任で納得してしまう特有の文化がある。
しかし、これでは問題の解決にはならない。
相変わらず、お上にお任せから抜けきれない。

この状況は、かつて規制されていた非正規雇用が規制緩和により、あらゆる職種で自由になったことにあり、さらに規制緩和は拡大中です。




< 5. 主要国の労働分配率 >

日本の労働者賃金の企業の付加価値に占める割合は、格差拡大が著 しい米国(青線)より著しく低下している。
付加価値には企業の利益、税金、人件費などが含まれる。


なぜ国民はこれを受け入れるのでしょうか?

理由は簡単で、多くの経済学者に始まり、政府・官僚や保守系マスコミ(米国寄り)までがあるドグマに囚われ、さらにその絶大な効果(?)が喧伝され続けて国民に完全に浸透してしまったからです。

これは米国に追従した原発推進のパターンと同じです。
そのドグマとは1980年代から流布した「自由放任主義こそが経済を活性化する」です。
つまり、あらゆる規制を取り除き、資本や労働、商品などが、世界中の自由市場で競争すれば、経済効率が上がり、コストは下がり、所得は増えると言うものです。

40年近く、このドグマに従い、米国を筆頭に多くの先進国がこれを実施して来ました。
しかし、その結果、米国やEU、そして日本の現状が示す通り、沈滞と失望が蔓延するようになったことは、既にこの連載で見て来ました。

それではなぜ、誰もこのドグマが悪化の原因だと疑わないのでしょうか?




< 6. 下位50%の所得割合い >

下位50%の所得割合が全体の50%であれば平等な社会です。
米国は経済成長を続けて来たが、その 内実は大半の国民を置き去 りにしているのです。
1980年代より、米国は一気にその傾向を強めている。
フランスは不平等の進行を食い止めている。

 

第三章 不思議がまかり通る原因
その大きな理由の一つは、見かけでは景気が良くなるからです。

米国で顕著なのですが、自由放任主義が進んだ結果、金融セクターが巨大化し、これがバブルを煽り、株価高騰に見られるようにGDPの上昇が起こるからです。

しかし実体は、長年のGDP上昇にも関わらず、大半の米国民の所得は横這いか低下しただけです。
残ったのは、実体経済(製造業など)の衰退、膨大な累積債務、所得格差の拡大だけと言えるでしょう。

もう一つは、多くの経済学者や政府首脳、マスコミが、今や経済の首根っこを押さえている最大の受益者となった金融セクターに追従し安住しているからです。
米国のホワイトハウスとゴールマンサックスの関係を見れば明らかです。

さらに付け加えると、自由放任主義が当時広がりを見せていたグローバル化と一体化したことにより、一国が採りうる政策の幅が狭くなったことにあります。
例えば、ある競技で、参加者はどんな有利な道具を用いても良いとするなら、一人だけ何ら道具を用いず競争するなら負けるのは当然です。
今の世界経済は、このように競争に対して無秩序、無制限に近いのです。

これらのことにより国民は反論出来なくなり、泣き寝入りするだけなのです。

このように言い切ってしまうと、国民の見識を貶めているように思われるかもしれません。
そうではなくて、皆さんは洗脳されていることを疑ってください。
そこで少し、皆さんに見方を変えることをお勧めします。



第四章 自分の首を絞める偏見の例
二つの具体例を取り上げます。

a) 最低賃金を上げれば景気は悪くなる
政府や企業は、最低賃金をむやみに上げると、先ず中小企業が倒産し、景気が悪化すると言う。
また賃金上昇は海外との価格競争で不利となり、これも経済を弱めるとする。

一方、現代の経済学では、最低賃金の上昇は消費需要を高め、この結果、景気が良くなり、企業も潤うとする。

皆さんはどちらの説を採用すべきと思いますか?

実は、半世紀前まではこの逆が実際に起こっていたのです。


b) 従業員の育児休暇が増えると企業の体力が弱まる
これは、つい昔の日本の政府や企業の考え方でした。
もし育児休暇で1回に1年間も休まれると、その穴を埋めるために余分に人材を要し、人件費増となり、経済にはマイナスでしかないと言う。
皆さんの多くはこれを当然のように思っていたはずです。

一方、ヨーロッパでは遥か以前から、国が主導して育児休暇を取らせて来ました。
フランスではなんと3年間もあり、さらに保育所の完備、充分な育児手当の支給で、出産を奨励して来ました。
これにより、フランスは2009年には、人口維持が出来る合計特殊出生率を2.0へと回復させた。
フランスは労働者不足(人口減)を補うためにヨーロッパの中でも早くから移民を取り入れて来た国で、積極的に対策を講じて来たのです。

翻って日本はどうでしょうか?
この年の日本の合計特殊出生率は1.37で、これでは人口減は必然です。
もし日本政府が、労働者にもっと目を向けていれば、現在の労働者人口減や高齢化のマイナスを緩和出来ていたはずです。
そうすれば急速な高齢化による年金給付や医療費の不安がかなり軽減され、ゼロ経済成長もここまで長引くことはなかったでしょう。


これらは単に政策ミスと言うより、政府の思考に問題があるのです。
そこに共通するのは労働者軽視であり、企業優先が蔓延ってしまっていることです。



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第五章 愚かな自虐労働観
皆さん、周囲を見渡して、労働者(定年後も)とその家族でない人がどれだけいるでしょうか?
日本の経済―供給と需要(消費)、を支えているのは労働者とその家族なのです。
しかし、いつの間にかその重要な労働者が低く扱われ、所得の低下に見舞われ、さらに真っ先に増税の対象(消費税)となり、将来は益々不安になりつつあるのです。

もっとも哀れなのは、労働者自身が労働権(ストや組合活動など)を軽視し、まるで自虐労働観に苛まれてしまっていることです。

この自虐労働観の最たる間違いについて考察しましょう。

以前、取り上げましたが、企業の内部留保が増える一方で家計の貯蓄が減っている現状がありました。

皆さんは、企業がたくさん利益を挙げなければ景気が良くならないと思われているかもしれませんが、これは少し違います。
当然、賃金上昇の原資になりますので企業の利益は必要です。
だが企業の利益や内部留保自体には景気を良くする直接効果はなく、この資金が設備投資に向かって初めて、景気が良くなるのです。
残念ながら、現在、企業の多くは設備投資より金融商品への投資に血眼ですので、株価は上がっても、実体経済への効果は期待できません。

むしろ景気(GDP)の上昇にもっとも寄与するのは家計の消費支出(国内総固定資本形成の住宅投資も含まれる)です。
つまり労働者の所得が上昇してこそ景気が持続的に上昇するのです。
このことが日本の高度経済成長時に起こったのです。

ではなぜこのような愚かな逆転現象が起きたのでしょうか?




< 8.日本の労働組合 >

日本の労働組合の組織率は1970年代後半から凋落傾向が始まった。
しかし、これは日本に限ったことではなかった。




< 9. 主要国の労働組合組織率 >
 
つまり、1980年代から世界が変わったのです。


第六章 きっかけは反動でした
一番大きい理由は、かつての政策への反動が起こったからです。

この連載で既に述べたように、1970年代までの先進国経済は「ケインズの有効重要説」(代表例、世界恐慌後のルーズベルトのニューディール政策)に従っていたことにあります。
米国では、これにより労働者の権利は擁護され、賃金が上昇し続け、これが需要を喚起し、経済発展が続いたのです。
他にも公共投資や大戦による軍需が景気を押し上げた。

しかし、1970年代の石油高騰等の要因が加わり、スタグフレーション(不況とインフレの同時進行)が世界を呑み込みました。
この時、主に貨幣供給量の制御でこの問題を解決出来たのですが、同時にこの発案者(フリードマン)の保守的な経済学(自由放任主義)が主流になる切っ掛けとなりました。

これを期に、企業側と資本側が逆襲を始めたのです。
自由競争と言う名目で、労働者の権利を弱め、賃金を抑えることで利益を生むことに味を占めてしまったのです。
その後、これも自由競争の名の下に規制緩和と金融緩和(通貨増発)で、金融セクターが莫大な利益を得るようになった。
さらにグロ―バル化は、海外移転が容易な企業や資本に有利に働き、その一方で移住にコストがかかる大半の労働者には不利に働くことになった。

こうして世界の労働者は、経済学からも、政府からも、さらに世界からも軽く扱われるようになった。
その国の民主化度の差によって多少悪影響は異なりますが。




< 10. 米国のCEO(経営責任者)と労働者平均の給与比 >

いまでこそ、米国のCEOの給与は高値に跳ね上がったが、1980 年代以前は、それほどではなかったのです。


 
第七章 労働者が軽視されることで起きたこと
以前、ハーバード大学の熱血授業で米国の高額所得が論じられていました。
最後まで聞いたのですが、得るところはありませんでした。
それは高額所得者がなぜこうも増加したかを説明出来ていなかったからです。

一般には、米国経営者の高額所得はストックオプション(自社株購入権利)やM&A(企業買収)が可能にしており、米政府がこれらを解禁して来たことによると考えらている。
また巷では、これらが会社経営を活性化させているとし、高額所得は黙認されているようです。

しかし、経済学者のピケティやスティグリッツ、経済評論家のマドリックなどは、最近の実証的研究を挙げて否定している。
先ず、経営者の高額所得と企業業績との間には相関が無いと言う。

ここが重要なのですが、こんな無駄な事が起きた理由は、これらをチェックし牽制出来る労働組合の弱体にあると言うのです。
私は、この研究結果を知って、やっと高額所得の増加現象を納得することが出来ました。



第八章 日本の事情
日本の労働事情が本格的に劣化し始めたのは、世界の流れを受けて中曽根内閣の時代からでしょう。
国鉄民営化、非正規雇用の拡大、確定拠出年金(米国の401Kのコピー)などが代表例です。

非正規雇用と確定拠出年金は多くの労働者にとって待遇の悪化を招きましたが、その一方で企業や金融セクター(退職金運用手数料稼ぎ)にとっては非常に好都合でした。
そして、保守系の報道や政府発表は、これらのメリットを謳うばかりで、マイナスには一切触れなかった。
むしろ、徹底的に労働者の怠慢や労働組合の横暴をあげつらっていた。

こうして労働組合は弱体化していったが、これは米国も同じでした。
これには日本では非正規雇用が影響し、米国では法制度や裁判などが影響がした。

すると日本では、労働組合の縮小と共に野党勢力は凋落し、中小企業の商工会議系に支えられた与党は勢いづくことになりました。


こうして、この世は魑魅魍魎が跋扈するようになってしまったのです。


第九章 まとめ
日本は素晴らしい国であり、多くの人が変革で危険を冒す必要が無いと考えるのも無理がありません。
しかし、日本の良さは自然、文化伝統、治安の良さなどであり、極論すると地理的に隔絶していることにあります。
これは長所なのですが、一方で危険でもあります。

私達日本人は井の中の蛙になり易く、どうしても安逸が続くと、海外の変化に疎くなり、惰性に走りがちです。
戦後の日本は最初、米国に助けられ、その後は脅され(プラザ合意、日米構造協議など)、また長らく追従して来ました。

しかし、そろそろ状況の悪化に目を向け、自立した視点を持っても良いいのではないでしょうか?



次回に続きます。





 

Tuesday, September 12, 2017

フランスを巡って 36: モンサンミッシェル 2





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今日は、モンサンミッシェルの城壁を紹介します。




< 2.徒歩ルート >

赤線のSからEまでを35分かけて歩きました。
歩いたのは2017年5月24日午後2時頃からです。
写真はほぼ撮影順に並んでいます。





< 3. 修道院の入口の手前からスタート >

左上の写真: 修道院が聳え立っている。
右上の写真: 右側の階段の奥に修道院の入口がある。
下の写真: 眼下にシャトルバスで来た橋が見える。




< 4. いよいよ下り始める >



< 5. 最初の塔が見える >

上の二枚の写真: 一番高いところにある北塔。



< 6.北塔から >

上の写真: 北塔から下って来た階段を見上げる。
下の写真: 北塔からブクル塔を見下ろす。






< 7. 北塔とブクル塔の間で >

上二枚の写真: 北塔を振り返る。
下左の写真: ブクル塔が見える。





< 8. ブクル塔の手前にて >
下の写真: 修道院を見上げる。





< 9. ブクル塔にて >




< 10. ブクル塔から見上げる >



< 11. ブクル塔から低塔まで >

上左の写真: 奥に北塔が見える。
上右の写真: ブクル塔を望む。
下の写真: 低塔を望む。



< 12. 王の門の上に到着 >

左下の写真: 王の門の上から城壁内のメインストリートを望む。
この通りを奥に進み階段を上るとS地点に至る。

感じたこと
この30分ほどの間に、雲間が切れ青空が広がって来た。
見上げると陽光に輝く教会の雄姿が聳えていた。
とうとう憧れのモンサンミッシェルの中を自由に散策出来た。

当初、抱いていた孤高の教会のイメージよりは巨大な中世の大要塞であった。
岩盤の島に築き上げられた礼拝堂から1200年をかけて城塞へと発展し、そして幾多の戦いにも難攻不落を誇ったモンサンミッシェルとなった。
城壁を歩いて、その高さと堅固さから、さもありなんと納得した。

11世紀、このノルマンディー地方に入植していたバイキング(ノルマン人)はイギリスをも支配するようになり、やがて英仏の百年戦争(1337-1453年)の火種となった。
このことが、モンサンミッシェルを要塞化させることになった。

この美しい信仰の聖地で幾度となく戦いが繰り返され、この不思議で稀有な容姿となった。



次回に続きます。









Wednesday, August 23, 2017

フランスを巡って 35: モンサンミッシェル 1





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これから、モンサンミッシェルを数回に分けて紹介します。
今回は、対岸のホテル街から城内入口近くまでの景観です。


この日の観光
観光したのは、旅行8日目、5月24日(水)、13時から17時です。
到着時は雲が空を覆っていたが、徐々に雲が無くなり晴れ間が見えて来ました。

13時前にホテルに着き、荷物だけを置き、シャトルバスの停留所まで歩いた。
シャトルバスは無料で、朝8時から深夜1時まで5~10分間隔でモンサンミッシェルとホテル街を結んでいる。
シャトルバスは2.5kmを走り、終点の橋の上で降りると、直ぐ前にモンサンミッシェルが全貌を現す。

モンサンミッシェルの観光は、最初に城内で自由散策と昼食時間があり。
私の自由時間は、修道院の入口前まで上り、そこから見晴らしの良い海に面した城壁に沿って下まで降りた。
昼食はツアーには無く、各自がレストランを探して入るか、途中休憩したドライブインで買っておいた食品を食べた。
私は後者で、サンドイッチを買って食べた。

その後、全員が城内入口付近に集合し、ガイドに従って登り、修道院を巡った。
修道院の見学を終えると、そこで散会し、シャトルバス停留所の集合時間までは自由散策となった。
この自由時間は島内の生活感が残る個所を降りた。

後は、シャトルバスに乗ってホテルまで戻った。


 

< 2. 衛星写真 >

上の写真: 対岸のホテル街から入場口までルートを赤線で示す。上が東。

下の写真: 赤線はシャトルバスを下車してからおおよその撮影場所。上が北。
赤線: 1回目の自由散策とガイドに従って2回上ったルート。
茶色線: 1回目の自由散策で下った城壁ルート。
青線: ガイドに従って入った修道院。
オレンジ線: 2回目の自由散策で歩き下ったルート。



 

< 3. ホテル街 >

上二枚の写真: ホテル街。
ホテルに荷物を置いて、シャトルバスの停留所に向かう。

下の写真: 走行中のシャトルバスから東側を撮影。
羊達が草を食む広大な草原が広がり、さらに遠くに対岸が見える。


 

< 4. 橋の上から 1 >

上2枚の写真: 長い橋の上を走るシャトルバスから東側を撮影。
干潟が広がっている。

下の写真: シャトルバスを降りて、橋の上から南側、ホテル街を望む。
バスはこの川沿いの左側を走って来た。


 

< 5. 橋の上から 2 >

上の写真: 橋の上から西側を望む。
河口の向こうに広大な田園地帯が広がる。

中央の写真: 17時に撮影。
観光を終了してホテルに戻る前に撮影。

下の写真: 13時半頃に撮影。
シャトルバスを降りて、観光前に撮影。



 

< 6. 左側を望む >



 

< 7. 中央と右側を望む >

上の写真: 中央の白いバンの向こうに城内への入口がある。


 

< 8. 右側を望む >

干潟を多くの人が散策を楽しんでいた。

この島はノルマン人との戦いや英仏戦争を耐え抜いた、如何にも難攻不落の要塞に思える。



次回に続きます。




Thursday, August 17, 2017

何か変ですよ 70: 日本の問題、世界の問題 6: バブル崩壊の果てに待ち受けるもの





< 1. 1980年代、世界を変えた首脳達 >


前回、バブル崩壊と救済が繰り返されて深刻な事態になっていることをみました。
今回は、なぜこのようになったかを探ります。
これでバブル崩壊の考察を終えます。




< 2. 世界の緩和マネー >

上のグラフ: 茶色の線がOECD+BRICsの合計マネーサプライで、青線が世界のGDP

マネーサプライが上昇している時に3回のバブルが起きている。
そして2008年以降、歴史上はじめて先進国全体がGDPを超えるマネーサプライを供給し続けている。
現在は中央銀行バブルの最中だと警鐘を鳴らすエコノミストが増えている。

下左のグラフ: 大国はベースマネー(マネタリーベース)を競うように拡大している。

下右のグラフ: 赤線は世界のマネーサプライ。


第一章 はじめに
先進国(日米など)に格差拡大と累積財政赤字の増大が深刻化していることがわかりました。
これが緩和マネーの増大と金融セクターの膨張と関係していることもみました。
さらに、この始まりは高々1980年代に始まったことも知りました。

この異常な事態は最近の人為的なこと、つまり国と中央銀行の政策の変化が起因してることも知りました。
事の起こりは米国にあり、さらに経済理論が様変わりしたことにある為、理解することは難しい。

ここでは、先進国の政治経済の大きな変化を取り上げ、何が元凶なのか、何が経済と金融政策を変えてしまったのかを探ります。




< 3. 世界のヘッジファンド >


第二章 なぜこのようなことになったのか?
皆さん、不思議に思いませんか?
世界を巻き込む巨大なバブル崩壊を繰り返し、また国内の所得格差を著しく拡大させている国は何処でしょうか?
それは民主主義と資本主義の先進国である米国です。
その結果、トランプ大統領が誕生したも言えるのです。

これは他人事ではなく、放置すればいずれ我が身に起きることなのです。
この事態は米国がリードでして来た二つの金融政策に端的に現れています。

バブルが起きる原因はどこにあったのか?

大きな要因の一つは、緩和マネーの巨大化でした。
中央銀行はバブル崩壊後の景気刺激策として大量の緩和マネーを市場に供給して来た(マネーサプライ)。

バブルが過熱する時は、必ず投機家が巨額資金(自己資金の20~30倍の借金)を金融商品に投じて高騰を煽っていました。
単純に考えて、彼らが自己資金内で運用する分には、高騰はそれほど起こらず、例え暴落が起きても破産の可能性は著しく低くなります。
つまり、バブルの過熱も崩壊もなくなります。

それではなぜ投機家はそのような莫大な借金が可能になったのでしょうか?

大きな要因の一つは、政府が高レバレッジ率を許して来たからです。
政府は金融セクターの要望に従ってあらゆる規制緩和をこれまで行って来た。

それではなぜ政府と中央銀行はこのような危険を冒すようになったのでしょうか。





< 4. 2007年度、米国の資産格差 >

上位1%の金融資産は、米国の42%になった。


第三章 危険を冒す政府、肥え太る人々
なぜ政府と中央銀行は危険を冒してまで、巨大な緩和マネーを投じ、金融の規制緩和を行うようになったかを見てみましょう。

この様変わりした政策については経済学派のケイジアンとマネタリスト、米国の民主党と共和党、ドイツと米国、日銀総裁の白川(元)と黒田(現)で意見が対立し、賛否が別れています。
これら論争を理解することは困難でも、現実に悪化する状況を直視すれば、また背景を理解出来れば、自ずと答えは見えて来るはずです。
出来れば良質な経済書をお読みください。
私が読んだ参考図書を末尾に紹介します。


政策が変わっていった背景を簡単にみます。

第一段階 1970年代より、先進国が金本位制を止めたことにより、緩和マネーの巨大化が可能になった。

最初に1971年のニクソン・ショックで米国が金本位制を止め、1978年から先進国が続いた。
これにより各国の中央銀行が金の備蓄量を気にせず貨幣を発行出来るようになった。
中央銀行は貨幣供給量の調整で物価対策と通貨対策、景気刺激策を自由に出来るようになった(マネタリズム)。

これ以前、各国は金本位制を幾度も止めては、また復帰を繰り返して来た。



第二段階 1979年から米国のFRBが貨幣供給量を制御するマネタリズム(フリードマンが唱えた経済政策)により、スタグフレーション(失業率上昇と物価上昇が併進)を収め、景気を回復させた。

これ以前の経済政策は、米国のニューディール政策に代表される、政府が市場に介入し公共投資や賃金アップ(労働組合奨励)などで需要を喚起するケイジアンが主流であった。
第二次世界大戦まではこれが功を奏したと言えるのですが、戦後の世界経済は好調後に、インフレからスタグフレーションへと突入した。

先進国の産業・経済界と保守派は、これをケイジアンからマネタリズムへの転換の絶好の機会と捉えた。


第三段階 1980年代より、先進国は「自由放任主義」を掲げる保守的な政策に転換した。


スタグフレーションの原因の一つに、強い労働組合による旺盛な賃金上昇があったとされ、先進国の産業・経済界はこぞってこの抑制を政府に訴えた。
彼らにとって、経済疲弊の病根は強い労働組合と公営企業の赤字であった。
また第二次世界大戦後の英国や米国は、日増しに高まる日独の輸出攻勢で経済は勢いを失っていた。

これを挽回するために、英国のサッチャー(1979~)、米国のレーガン(1981~)がマネタリズムと自由放任主義を推し進め、やがて他の先進国も追従した。
自由放任主義とは、市場は規制を受けない自由競争状態であればあるほど経済の効率が高まり、発展するとの考えです。
すべてを自由競争に委ねれば、企業家は意欲を増し、商品価格は低下し、経済効率は上昇し、経済は発展すると信じた人々は、また政府の裁量と財政規模を縮小すべしとした。

彼ら指導者は国営企業の廃止や労働組合の制限、産業・金融の規制緩和を推し進め、景気刺激策として公共投資から貨幣供給へと軸足を移した。
日本だけは後者のマネタリズムへの転換を日銀が拒んでいたので、公共投資を継続した。

確かに、経済を安定的に発展させるには成長に見合ったマネーサプライは不可欠ですが、行き過ぎた緩和マネーが問題であり、その限度、効能と弊害について意見が分かれています。



第四段階 米国では金融家達が徐々に政治を支配するようになっていた。

米国の金融家(銀行家)と大資産家らは、ロービー活動と選挙応援を通じて20世紀初頭より政治力を高めており、レーガン以降、その力は強力になっていた。

彼らは米国の経済復活には世界的な競争に勝つ必要があり、この為に世界大恐慌後(1929年~)の数々の経済・産業・金融の規制を撤廃すべしと政府に規制緩和を求め続けた。
保守的である共和党の方がより規制緩和を行い自由放任主義的な政策を採ったが、多くの民主党政権でも後退には至らなかった。

この規制緩和は多岐にわたりますが、そのポイントは国民の犠牲を防止する規制の廃止、一方で金融家の自由な投機を阻害する規制や監督を廃止したことです。
一例としてはシャドーバンキング(ヘッジファンド)の暗躍、高レバレッジが最近の金融危機の大きな要因になっている。
他に自由放任主義の施策としては企業経営者の報酬アップ(ストックオプション)、労働運動の制約、富裕層減税による累進課税のなし崩しがある。


現段階 こうしてバブル崩壊がほぼ10年毎に起こり、中央銀行は膨大な緩和マネー、政府は財政出動で金融救済と景気刺激策を繰り返すようになった。

こうして金融セクターが潤い巨大化し、富める者は益々富むようになり、さらなる政治支配が可能になった。
例えば、バブル崩壊後の2009年から2012年までの収入増加のじつに91%が、米国の最富裕層上位1%の懐に収まった。
このような状況では、米国の多くの政治家も経済学者も現状の自由放任主義とマネタリズムに追従することで主流に成り得る。
これになびく日本も同様です。

これが米国と、米国に追従する日本や他の先進国の状況です。




< 5. 2013年度、子供の貧困率 >

米国は世界で2番目に高く、日本は9番目に高い。

第四章 まとめ
結局、ここ40年ほどの金融家らによる政治と経済の転換は、著しい所得格差と莫大な累積赤字を生んでしまった。
そして多くの先進国では高い失業率と低経済成長がほぼ定着した。
さらに政治には国民の意向が反映されなくなり、失望の果てに日本、米国、ヨーロッパで右翼や国粋主義が台頭するようになった。

我々が今行わなければならないことは、先進国の金融セクターの横暴を止める政策を政府に採らせることです。
その対策の為には世界が一致団結して新たな金融政策、秩序ある競争を生み出す適切な世界的な規制と累進課税を採ることです。

経済学者スティグリッツは「これから始まる『新しい世界経済』の教科書」で、抜本的な改革案を提示しています。


次回に続きます。



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参考図書

*「国家は破綻する 金融危機の800年」カーメン・M・ラインハート著、2011年刊。
内容: 世界中の国家の破綻、デフォルト、金融危機、通貨暴落、高インフレの全体像をデーターで俯瞰させている。
感想: 破綻が頻発している事実に驚かされたが、破綻のメカニズムの定性的な解説がなく、経済の素人には面白くないかもしれない。

*「ささっと不況を終わらせろ」ポール・クル-グマン著、2015年刊。
内容: バブル崩壊後の不況対策について、幾多の事例を参考にしながら主に米国について批判的に解説している。
感想: 様々な破綻が読みやすく語られ理解し易い。またクル-グマンの立ち位置が見えてくる。

*「2020年 世界経済の勝者と敗者」ポール・クル-グマンと浜田宏一著、2016年刊。
内容: 二人が米国、EU、中国の経済、アベノミクスについて対談している。
感想: 対談集なので底が浅く、二人の議論が噛み合っていないように思う。
クル-グマンは概ねアベノミクスが最善の方策であり期待もしている。
気になるのは彼が日本の達成を困難と見ていることと、次のバブル到来を危険視していないことです。
 
*「これから始まる『新しい世界経済』の教科書」スティグリッツ著、2016年刊。
内容: 米国の経済政策(自由放任主義とマネタリズム)を批判し、米国と世界経済の復活を目指す改革案を提示している。
感想: 現状の経済の問題点を多角的に分析し、それぞれに対策を提言している。
しかし要点を絞って書いている関係で、専門の経済用語の知識がなければ理解が困難です。