Saturday, September 19, 2026

短縮版 迫る多難な危機  第二章 2-1,2-2,2-3

 


「一時の自己満足の為に人類を破滅させては、神も悲しむだろう」

 

この短縮版は、既に投稿済みの「迫る多難な危機」を、少し内容を割愛、分割して連載します。

 

まえがき

 現在、深刻な危機が同時多発的に地球と人類に迫っています。特に、この20年あまり、一部の大国が身勝手に振舞って来たことでより加速しています。今、私達が立ち上がらないと、子孫に顔向け出来なくなる。家族と世界を再び幸福にしましょう。Make the world and people happy again!

 

--- 目次  ---

 

第2章 人類は危機にどう対処したのか?

2-1 繰り返される紛争と戦争 

2-2 繰り返される独裁 

  独裁とは何か?

2-3 繰り返される経済格差の拡大と縮小   

  我々人類は、社会の格差を自ら是正する事を可能にした

 

 

 

第2章 人類は危機にどう対処したのか?

 

 人類は、初期には自然の猛威だけでなく、自ら作り出した災厄からも逃げ出すしかなかった。しかし、やがて工夫と協力で危機を乗り越えて来た歴史があります。失敗や成功の事例を見ます。

 

-1 繰り返される紛争と戦争

 

 多くの戦争が繰り返されて来たが、大戦後、大国、特に米国が仕掛けた戦争は、いつも安易に始められ、そして泥沼化していた。上層部は失敗だと気づいていも認めず、勝つまで続けようとする。独裁者なら、なおさらで、自分の身に危険が及ばない限り止めない。ベトナム戦争、プーチンのウクライナ侵攻、トランプのイラン侵攻等は分かり易い例でしょう。振り返れば何と馬鹿げた理由、有りもしない脅威のために戦争が始められ、国民の犠牲と破壊が一顧だにされなかった事に気づくことになる。人類は、戦争の危機を、自ら招いてるように見える。指導者が自らの権威を高めたい時、国民が熱情(敵意や恐怖)に突き動されている時に多い。それは国が疲弊し焦る中で、また国力に驕りを感じている時に起きる。

 古代アテネは、いつしか侵略戦争の覇者として命脈を保つようになっていた。これに脅威を感じたスパルタが挑み、BC5世紀ペロポネソス戦争が始まった。ギリシャの諸都市国家は戦禍で疲弊し、この後、アレキサンダー大王の支配に屈し、歴史の舞台から消えてしまう。これが大国の驕りと煽られた敵意の成れの果てでした。先住民の部族・村同士の闘争は、些細な事で始まる場合がある。例えば、アマゾンのジャングルにおいて(百年以上前)、別の村人の狩猟の矢が間違って当たって一人死んだ。すると死者の家族が、相手の村の誰かをこっそり一人殺害する。こうして復讐戦は拡大し、村人に多くの被害者が出るまで続くことがある。上記に挙げた古代ギリシャから今のプーチンやトランプの戦争に通じる。

 


  この一方、人類は途方もない殺戮の末に困難な停戦を幾度も実現して来た。二国間や数十ヵ国の話し合いで平和条約を締結し、国の存立基盤(国境)を定義し、国民(捕虜等)の権利(国籍・宗教等)を確定して来た。紀元前1259年カデシュの条約締結、1648年ウェストファリア条約締結、1998北アイルランド和平合意(ベルファスト合意)等が代表的でした。

 

 20世紀後半になると、未然に戦争を防ぐ手段が多数の国によって行われた来た。国際連合、核兵器不拡散条約と核の査察体制、「戦争を予防する平和維持ミッション」を担う国連予防展開部隊や国連平和維持活動、国際機関資源の奪いを避ける為の多国間による共同管理(EUの前身)、世界が共同して国境問題や戦争犯罪を司法で裁く等の多くの国際機関を設立して来た。

 

 人類は紛争を繰り返して来たが、一方で紛争を終わらせ予防する策を講じて来ました。敵対国・紛争当事国だけでなく、世界各国が自らの事として、紛争・戦争予防に協力するようになって来ている。一方で、大国は驕りとエゴで、この動きを牽制し破壊しようとしている。

 

 

 

2-2 繰り返される独裁

 

 マケドニアのアレキサンダー大王、漢王朝の創始者劉邦、江戸幕府開祖の家康、モンゴル帝国のフビライは、偉大な独裁者だから広大な領土を統一し統治出来たので、その後の国の平和と安定が続いたもと言える。しかしナチスのヒトラー、ジンバブエのムガベ前大統領、インドネシアのスハルト元大統領、シリアのアサド元大統領、チリのピノチェト元大統領の残忍さや悪辣さは如何にも独裁者らしく避けたい。

 

独裁とは何か?

 国を治めるには、トップと支配集団(同盟集団や官僚等)が不可欠です。大多数の国民にとっては民主主義が最良なのですが、トップから見れば独裁の方が遥かに楽であり巨富が得られる。独裁であれば、数千から数億の国民のご機嫌を取る必要はなく、数十から数百の取り巻き(同盟集団)に利益を与えれば済む。そしてその同盟集団は軍部や警察(KGB、憲兵)、マスコミ、司法すらを指揮し、国民を抑え込めば良い。独裁者は国富の数割を掌中に収め、残りを同盟集団に配れば良いのです。これがかつての封建時代の王や君主でした。しかし、ほとんどの国は300年以内に腐敗し崩壊した。独裁は共産主義だけではなく、民主主義国家や民間組織(FIFA)でも、いとも簡単になり得るのです。

 

 それでは、独裁国家から民主主義国家は生まれ得ないのか? かつて前政権の転覆は、ほとんどが軍事力・暴力で行った。これでは、どうしてもその暴力集団が独裁を生み易くなる。共産主義革命や明治維新等のように、軍閥が同盟集団となり長く支配した。しかし、徐々に非暴力の転換が可能になり、20世紀には事例が増えて来ました。



  独裁制から民主制に転換する切っ掛けは、独裁者と同盟集団の存続が危うくなった時です。例えば、収入源の枯渇(経済封鎖、大不況)、外国からの支援停止(大国の支援停止)、独裁者自身の衰弱、国際世論の反発等がある。しかし、不可欠なのは、多くの国民が立ち上がり、反旗を翻した事です。これらによって同盟集団が独裁者を見限り、転換がほぼ無血で成功することになる。この事例が、フィリピンの「無血革命」と韓国の6月民主抗争」による民主化、バルト三国のソ連からの独立等が、歴史に残る成功でした。

 

 それにしても改革には捨て身の国民が立ち上がら無い事には始まらなし、有能で素晴らしい指導者らはいつの世にも欠かせない。

 

 

2-3 繰り返される経済格差の拡大と縮小


 概ね貧富の差は王朝の発展・継続と共に拡大し、王朝が発展する連れて貧富の差が縮小することはなかった。理由は簡単で、王朝を支配する独裁者の家系と同盟集団が益々肥え太るようになるからです。当然、腐敗が横行し経済効率も悪化しやがて衰退する。領土内外から収奪するものがある限り、少しは王朝の延命は可能だったが。1200年続いた古代ローマは、初期には少なかった格差が拡大し続け、結果、国民は国の存続に意を介さず自壊するように滅んだ。全盛の2世紀頃、人口の約1.5%のエリート層が帝国所得の20%を得て、約90%の人々は生存ギリギリの生活をしていた。今の米国では、上位1%の保有資産は、全米の総資産の31%前後で、上位1%の年間所得は下位50%の平均所得の約153倍になっている。民主主義国?でも、古代ローマと変わらない。日本の奈良時代から平安時代にかけても、江戸時代末期も同様に格差は拡大した。

 格差拡大は技術革新中にも起こった。産業革命は、最初、綿工業の技術革新で始まり、次いで機械化が進み、蒸気機関が使われ始め、工場制機械工業が定着して革新は終わります。この間、農民は農業地帯から都市部の工場労働者へと吸収されて行き、都市は急成長した。ところが英国国内の経済格差は産業革命前より悪化した。これは、生産性の急上昇はあったのですが、収益は資本家・企業が得て、賃金の低下や労働条件の悪化(長時間労働)が起きていたからです。当時、国民、特に労働者を守る法律は無く、組合やストは犯罪でした。痺れを切らした労働者は逮捕覚悟で労働組合結成に動き、やがて組合やストが合法化され、労働条件の改善が図られた。遂に農民・労働者の選挙権を獲得するまでになり、1906年には労働党が国会に議席を獲得するまでになった。こうして英国民は約80年を費やし、資本家らの暴挙を抑え込み、産業革命の成果にあずかることが出来たのです。そして産業革命終了後の英国だけでなく、新世界や日本は経済も含めて大いに恩恵を受けました。

 

 

我々人類は、社会の格差を自ら是正する事を可能にした

 

 人類は、優れた指導者によって国民の支持を受けながら果敢に丁寧に施策を行って格差是正を成功させて来た。貧しく借金に喘ぐ人々の債務を帳消しにし、貴族や大土地所有者から土地を没収し、再配分を行った。また債務奴隷を解放し、富裕層だけに政治権力を独占させない政治制度を作った。この代表例が、紀元前6世紀の古代アテネのソロンの改革と、紀元前2世紀古代ローマの土地改革でした。前者は歴史に残る成功だったが、後者は、猛反発した元老院の策略により指導者は自害し改革は挫折した。とかく既得権益者との戦いの熾烈さは、今も昔も変わらない。

 しかし20世紀初頭にもなると様相が変わった。新たな指導者達は、労働者・企業・富裕層への徴税と社会保障制度と呼ばれる再分配制度を考案し、恒常的な格差是正システムを完成させた。累進課税と疾病保険法、労災保険、障害・老齢保険などを国民に提供した。この代表例が、20世紀初頭のドイツ・ビスマルクの社会保険制度、20世紀前半の西欧の黄金時代(福祉社会を志向)と呼ばれる動きでした。

 1930年代、米国で、新機軸となる大恐慌の救済策としてニューディール政策が導入された。これは公共事業による雇用創出(需要拡大)、社会保障制度の創設(老齢年金)、労働組合の保護、金融規制などでした。これらの結果、二つの大戦に挟まれた最悪の時代にありながら、欧米の経済格差は歴史上最低を継続出来た。高い税負担(富裕層)と引き換えに高い生活水準と社会的信頼が形成された時期でもあった。

 

 都市の出現以降、覇権を握った国家は必ず腐敗し格差が拡大した。やっと民主主義が定着したと思われた20世紀になってからも、北欧等の一部の国を除き、やはり腐敗と格差が広がっている。特に新自由主義を牽引した米英日の悪化は先進国の中でトップです。どうやら人類社会では、国民が日和見に甘んじていると、必ず富裕層(既得権益層)に政府が牛耳られ、腐敗と格差が拡大する運命にあるようです。それでも悪化が行き過ぎると、国民は立ち上がり、それを担う指導者が現れる。そして新たな指導者層と改革された社会システムで始まる。ところが、ポピュリズムに冒されると、独裁に嵌り込み、悪夢が再び始まる。結局、成功の必須条件は、行き過ぎた資産拡大を抑制し、機会の平等を準備し、また富裕層(一部の層)に政治や経済を支配させないようにすることでした。残念なことに、今は末期に近いづいているようですが。

 

 

----全体の目次----

第一章、世界に迫っている危機の要約。

第二章、人類はこれまでに危機に対してどう対処して来たか。 

第三章、我々が直面している重大危機。

第四章、米国の衰退と世界の危機回避能力喪失は一体。

第五章、如何にあるべきか。

第六章、成功している北欧は資本主義のもう一つ道。

 

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